コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第44回
2003年8月1日更新
幼いころから映画館に通っていたぼくにとって、新作映画の自慢話をすることは、学生生活における数少ない楽しみの1つだった。月曜日にクラスの話題を独占できるように、映画は初日に観ると決めていたぐらいである。ずいぶん下らないことに熱中していたものだと思うけれど、当時のぼくはそんな風には考えていなかった。映画の感動を他人に伝えることは、ある種の義務だと感じていたのである。いまから思えば、おせっかい以外のなにものでもなかったのだが、自分が推薦した映画を観た友人から「よかったよ」などというコメントを聞くと、それだけで一日幸せな気分で過ごすことができた。ぼくがしたことといえば、ほかの人よりちょっとばかり早く映画を観ただけのことだったのだけれども。
しかし、10代も後半にさしかかると、映画を薦める機会は減っていった。鑑賞量は増加しているのに、感動できる映画に出会う頻度が少なくなっていったからだ。年を取って好みが変化したのか、あるいは自分の目が厳しくなったからなのか、はっきりとした原因はわからない(たぶん両方だ)。「いい映画」に巡り会うチャンスは確実に少なくなり、次第にぼくは自分の感覚を疑いはじめた。感動する心を失ってしまったのではないか、映画を斜に構えて観るような、シニカルな男になってしまったのではないか、と。
「シービスケット」に出会って、そんな心配は吹き飛んだ。ぼくは映画の世界に完全に浸り、そして、ラストシーンでは涙をこらえきれなくなったのだから。
一応、断っておくけれど、「シービスケット」は動物モノにありがちなお涙頂戴映画じゃない。馬が擬人化されることはなく、主人公はあくまでも3人の男たちだ。歴史的な大不況のなか、それぞれ大事なものを失った人間同士が手を取り合って、やがて全米を揺るがす奇跡を起こすという感動ストーリーだ。しかも、これが実話に基づいているというのがすごい。ローラ・ヒレンブランドの同名ノンフィクション本をベースにしている。
「監督が10人いれば、10通りの『シービスケット』ができただろうが、わたしは原作を最大限生かす道を選んだんだ」
ゲイリー・ロス監督(「カラー・オブ・ハート」)は脚色の方針をこう説明する。なにより感心したのは、映画化にあたって物語を単純化しなかったことだ。ジョッキーと馬に焦点を絞れば、シンプルでわかりやすい映画になった。また、スポーツ映画のように、「勝利」をゴールにすれば、単純なカタルシスを提供することができただろう。でも、ロス監督は原作通りに主人公を3名にし、それぞれのバックストーリーを丁寧に描く一方で、当時の社会情勢や、アメリカ史まで紹介したのである。その結果、バランスを欠いた部分がいくつかできてしまったものの、頭とハートに訴えかける重層的な映画に仕上がった。とくに、ラストシーンは最高だ。悲しくても涙を流すことはないが、優しさに触れると、ぼくは我慢できなくなってしまうのだ。
派手なCGも、爆発シーンもない映画に、大作並の制作費(約8700万ドル)が投入されたのもある種の奇跡だ(そのかわり、リスクを回避するため、3つのメジャースタジオが共同製作している)。ポジティヴなメッセージと、観客を子供扱いしない丁寧なフィルムメイキング。こんな映画こそ、ぜひヒットしてほしいと思う。
みなさん、いい映画があるんですよ!
(C)Universal Pictures and Dreamworks LLC.
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi