コラム:細野真宏の試写室日記 - 第169回
2022年4月13日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第169回 「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」。シリーズ初の興行収入100億円超えとなるか?
いよいよ今週末4月15日(金)から劇場版「名探偵コナン」シリーズ25作目の「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」が公開されます。
ここ数年での劇場版「名探偵コナン」シリーズにおける最大の焦点は、興行収入100億円を超えるかどうか、になりつつあります。
そこで、まずは前作の「名探偵コナン 緋色の弾丸」で起こった悲劇的な状況をしっかりと確認していきましょう。
シリーズ24作目の「名探偵コナン 緋色の弾丸」は、2021年4月16日(金)に公開されました。
そして、公開3日間(金、土、日)の興行収入が22億1813万800円(動員153万3054人)と、動員と共に過去最高を記録したのです!
この公開3日間の興行収入は、23作目の「名探偵コナン 紺青の拳」(興行収入93億7000万円)対比で117.5%。「東宝は『100億円確実』とした」と文化通信が報道しています。
作品の完成度を考えても、この判断は妥当で、ようやく劇場版「名探偵コナン」シリーズで初の興行収入100億円突破が見えた瞬間でした。
ちなみに、東宝の初日のアンケート結果でも、作品の満足度は95.7%と高く、「人にすすめる」は約9割の89.8%となっていました。
ところが、この初週後に「想定外の事態」が起こったのです!
まず、公開時は、ちょうど新型コロナの第4波にぶつかっていて、GWに突入する大切な公開2週目の週末に「第3回緊急事態宣言」(2021年4月25日から9月30日)が出るタイミングとなってしまいました。
とは言え、「第2回緊急事態宣言」(2021年1月8日から3月21日)の際には「レイトショーの自粛要請レベル」でした。そのため「今回もそのくらいでは」という感覚値があり、私は興行収入100億円突破は実現可能と想定していました。
しかし、この「第3回緊急事態宣言」では、東京、大阪、兵庫、京都の4都府県という主要な地域で映画館が休業要請され、映画業界が大きなダメージを受ける結果となったのでした。
具体的には、(2019年のデータを基にすると)東京、大阪、兵庫、京都の4都府県の映画館が休業になると、31.7%もの観客の減少が見込まれるのです。
さらには、「まん延防止等重点措置」の影響で、他の地域ではレイトショーができなくなったりもしていたため、35%程度の観客減少が想定される事態に追い込まれたわけです。
しかも「名探偵コナン 緋色の弾丸」では、劇場版「名探偵コナン」シリーズ初のライブ中継の舞台挨拶が2021年4月25日(日)に組まれていたのですが、まさに緊急事態宣言の実施日と重なり「中止」に追い込まれてしまいました。
映画は「初速が全て」と言っても過言ではないくらいに、初速で最終的な興行収入が決まってしまうような面があります。
結果的に興行収入は76.5億円とシリーズ3位を記録したものの、「作品の実力が発揮できずに終わる」という非常に残念な事態となったのです。
では、シリーズ25作目の「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」で初の興行収入100億円超えとなるのでしょうか?
私は前作「名探偵コナン 緋色の弾丸」の時は、興行収入100億円達成には自信を持てる出来栄えでしたが、本作の出来については、正直に言うと自信はありません。
ただ、「前作の不完全燃焼」の経緯があるため、「名探偵コナン」シリーズのファン層には歯がゆい気持ちがあり、それが本作において良い意味で爆発する可能性もあると思っています。
つまり、本作の出来栄えについては「及第点」くらいですが、ファンの力で興行収入100億円に持っていける可能性を感じています。
そもそも、ここでの劇場版「名探偵コナン」シリーズの出来栄えとはどういうことなのか。
これは主に「作画」と「脚本」のクオリティーで決定される面が大きくあります。
劇場版「名探偵コナン」シリーズは、初期と比べると作画のクオリティーは比較にならないほど上がってきています。(本作については、例年に比べて少し作画のクオリティーが落ちたようにも思えましたが、それは誤差程度なので無視します)
そのため、「脚本」のクオリティーが劇場版「名探偵コナン」シリーズの出来栄えと大きくリンクすることになります。
そんな中、特に私が興味をもったのは、2018年4月公開のシリーズ22作目「名探偵コナン ゼロの執行人」でした。
この作品の脚本は、“名探偵コナンワールド”の中では、内容が凝っていて面白く、大人の鑑賞に十分耐えられるクオリティーでした。
しかもアクションシーンなどもバランスが良く、「この作品ではファン層の拡大が見込める」と感じました。
21作までのシリーズ最高の興行収入は60億円台でしたが、この22作目の「名探偵コナン ゼロの執行人」では一気に興行収入91.8億円と「100億円が射程に入る規模」にまで飛躍しました。
やはり、劇場版「名探偵コナン」シリーズで興行収入100億円が現実的になってきたのは、この2018年の22作目の作風が転機になっていると思います。
ところが、2019年公開の23作目「名探偵コナン 紺青の拳」では、脚本のクオリティーが下がり、私は作品の出来栄えは落ちたと考えています。
ただ、前作で劇場版「名探偵コナン」ファンの人口が増えたこと、そして「10連休」という“毎日がお休み”という凄い偶然に支えられ、かなりの勢いが続き、想定以上の興行収入93.7億円というところまで上げることができました。
そして、2021年の24作目「名探偵コナン 緋色の弾丸」では、再び脚本のクオリティーが上がったため、「これは興行収入100億円を十分に達成できる」と思われた矢先の「緊急事態宣言」だったわけです。
このように、「興行収入100億円の実現」には、「脚本」がカギを握る面が大きいのです。
実は、2018年の22作目「名探偵コナン ゼロの執行人」から、今週末公開の25作目「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」における「脚本」には規則性があり、櫻井武晴と大倉崇裕が毎年、交互に書いているのです。
私は櫻井武晴が脚本を書いた22作目「名探偵コナン ゼロの執行人」がシリーズ最高傑作だと思っています。
この作品は、公安警察という、あまり一般には知られていない仕組みを上手く活用し、なおかつ安室透(降谷零)というキャラクターの魅力を存分に活かしきっていたと思います。
さらに、私は櫻井武晴が脚本を書いた24作目「名探偵コナン 緋色の弾丸」についても、22作目「名探偵コナン ゼロの執行人」に「引けを取らない傑作」だと考えています。
ただ、この24作目「名探偵コナン 緋色の弾丸」については、賛否があることも分かっています。
というのも、22作目「名探偵コナン ゼロの執行人」の時の安室透(降谷零)のように、赤井秀一という人気キャラクターを前面に押し出す展開にしておけば問題はなかったのでしょう。
実際に当初の脚本ではFBI所属の赤井秀一がメインでしたが、原作者の青山剛昌により「赤井ファミリー」をメインにする要請があり変更されていったようです。
そのため、「名探偵コナン 緋色の弾丸」では、複雑な「赤井ファミリー」の構成や、赤井秀一が変装している沖矢昴についての予備知識などが必要となり、難易度を上げてしまった面があります。
とは言え、「名探偵コナン ゼロの執行人」の際の公安警察のようにFBIの仕組みを上手く使っていたり、キチンと考察しながら見ていくと“名探偵コナンワールド”の中では論理は正しく通っていたので、脚本のクオリティーは十分に高かったです。
赤井秀一ファンにとっては「赤井秀一の姿」で登場するシーンが大幅に減るのはガッカリでしょう。
ただ、沖矢昴として登場し続けていましたし、複雑な「赤井ファミリー」を適材適所で上手く使った「名探偵コナン 緋色の弾丸」も「名探偵コナン ゼロの執行人」と“対の関係”になるような最高傑作と評価できます。
以上の考察を踏まえて、本作「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」について。
まず、脚本は、23作目「名探偵コナン 紺青の拳」と同様に大倉崇裕が担当しています。
それもあってか、やはり脚本は“名探偵コナンワールド”の中で考えても、「ツッコミどころ」が多くなっています。
敢えて比較のため分かりやすく表現すると、櫻井武晴が脚本を書いた「名探偵コナン ゼロの執行人」と「名探偵コナン 緋色の弾丸」は大人向けの面が強い作品。
そして、大倉崇裕が脚本を書いた「名探偵コナン 紺青の拳」と「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」は子供向けの面が強い作品。
もちろん、そもそも「名探偵コナン」は子供向けでもあると思うので、どちらが良いというわけではないのかもしれません。
ただ、私は大人向けの面が強い作品の方が、客層を広げることにもなり、しかもリピーターも期待できるため、興行収入の意味合いでは前者の方が望ましいと考えます。
しかも、「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」では、 満仲勧監督がコナン映画で初メガホンをとります。冒頭のコナンの説明が長くなるのは親切でアリだと思うものの、作画の表現等、子供向けに拍車をかける作風になっていると感じました。
このように考えると、「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」での興行収入100億円突破は難しいのかもしれません。
とは言え、冒頭で書いたように、ファンの間では「前作における歯がゆい気持ち」があり、それが本作において爆発する可能性も十分にあると思っています。
そして、次週の4月22日(金)から全国公開でライバルになり得た映画「ドラゴンボール超 スーパーヒーロー」が、第三者によるネットワークへの不正アクセス発生で制作困難という事態に陥り、急きょ公開延期となったので、これも「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」には追い風となるでしょう。
そして、GWの日程の並びは、29日(金)の祝日から5月1日(日)までの3連休。5月3日(火)から5月5日(木)も3連休。つまり、5月2日(月)と5月6日(金)の2日が入るだけで、そこを有給休暇などにすれば10連休となるなど、なかなかの日程感です。
さらには、音楽が菅野祐悟に代わり、これまで以上に深みのあるサウンドを奏でていたので、クオリティーが上がった面もありました。基本的に音楽が良くなる場合は、音質の良い劇場が好まれ、客単価が上がる傾向も生まれます。
このように考えると、10連休のあった2019年の「名探偵コナン 紺青の拳」で伸びたように、「名探偵コナン ハロウィンの花嫁」でも確率変動が起き、悲願の興行収入100億円が達成できるかもしれません。
なお、本作では、飛躍の大きな転機となった2018年の22作目「名探偵コナン ゼロの執行人」の時と同様に安室透(降谷零)が登場します。
とは言え、「名探偵コナン ゼロの執行人」と比べると安室透(降谷零)はそこまで登場しないですし、あそこまで活躍するわけでもないので、内容的にリピーターはそれほど望めない気もします。そのため、初速で爆発し、GWが終わるまでの短期決戦でどこまで伸びるのかが決め手になると思われるので、特に初速の大きさに注目したいと思います!
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来15年連続で完売を記録している『家計ノート2025』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2025年版では「全世代の年金額を初公開し、老後資金問題」を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono