コラム:ニューヨークEXPRESS - 第1回
2021年4月12日更新
ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。
第1回:現在も営業が続いている「ブロックバスター」最後の店舗 ドキュメンタリー監督に話を聞く
皆さんは、アメリカに本拠地を置いていたビデオ・DVDのレンタルチェーン店「ブロックバスター」をご存知だろうか? 同社の経営が大成功を収めていた2004年、世界には9000以上の店舗があり、店舗型レンタルのみならず、宅配方式、ストリーミング型インターネット動画配信サービス、映画館運営などに事業を展開。主にアメリカ国内のさまざまな人種、世代に娯楽を提供してきた会社だった。
ところが、2000年代後半から経営が悪化し、10年9月には連邦倒産法第11章を申請して倒産。米衛生放送の大手「ディッシュ・ネットワーク」に買収されてしまう。やがて、ストリーミングのインターネット動画配信サービスの普及により、店舗型レンタルの需要が減ったため、アメリカ国内にあった300もの直営店を閉鎖。その後、50店舗での営業を継続していたものの、徐々に店舗数が減少。18年にはアラスカ州で営業していた数店舗が閉店し、ついにオレゴン州のベンドにある1店舗だけが残った。驚くことに、その1店舗に関しては、現在も営業が続いているのだ。
今回は“最後の店舗”となったオレゴン州ベンドにある「ブロックバスター」にフォーカスを当てたドキュメンタリー「The Last Blockbuster(原題)」を紹介したい。本作は、今となっては米映画文化のひとつの遺産ともいえるオレゴン州ベンドの「ブロックバスター」にて、マネジャーを務めるサンディ・ハーディングさんを中心に、彼女を支える家族、ローカルの人々をとらえながら、「ブロックバスター」の歴史を明かしていく作品だ。
監督を務めたのは、テイラー・モーデン。彼の証言を通じて、“最後の店舗”の経営、「ブロックバスター」の会社としての分岐点などを紐解いていこう。
まず、モーデン監督は「ブロックバスター」を題材にした経緯について、このように語っている。
モーデン監督「僕が大人になってから住んでいた街に、いまだに経営している(ブロックバスター倒産後の)店舗があったことで、興味を抱いたんだ。『どんな人が借りているのだろう』『どうやって営業を続けているのか』とね。僕が興味を抱くわけだから、きっと他の人々も同じように思っているはず。そう考えたのがきっかけだった」
そして、モーデン監督は「ブロックバスター」の思い出について話し始めた。
モーデン監督「子どもの頃に住んでいた場所の近くには『ブロックバスター』がなかった。だけど、近くにあったガソリンスタンドで、2、3本の映画を借りることができた。だから、当時は貯めていたお金を持って、(交通機関は利用せず)ガソリンスタンドまで歩いていき、頻繁にVHSテープを借りていたんだ。それは、子どもの頃の僕にとっては“大ごと”だった。やがて、別の都市で大学に通い始めた頃、その大学の近くに『ブロックバスター』があったので、ずっと映画をレンタルしていたよ。一時期は、一定の料金を払えば、無制限に映画をレンタルできるサブスクリプションもあった。あの頃はよかったね」
ご存じない方も多いとは思うが、レンタルビデオ店ができる以前の70年代後半、ハリウッドのスタジオはVHSテープを100ドルで販売していた。一般の人々が気軽に購入できる値段ではなかったのだ。だが、77年に変革が訪れる。実業家のジョージ・アトキンソンが、ベータマックスとVHSのビデオテープを大量に買い集め、ハリウッド・スタジオを無視し、勝手にレンタル業を始めてしまったのだ。アトキンソンとハリウッドのスタジオは、法廷で大きな争いを繰り広げることに。結果、「ビデオを借りる」という国民の権利が認められ、ハリウッドのスタジオが敗訴。このてん末がレンタルビデオの起源となったのだ。
モーデン監督「(レンタル業は)僕も理にかなっていると思っていた。80年代後半、VHSテープが20ドルで売られ始めた頃でさえ、僕にはお金の余裕がなくて、常にレンタルの方が“良い選択”だと思っていた」
94年、着々と店舗を増やしていった「ブロックバスター」を、アメリカのメディア・コングロマリット「バイアコム」が、84億ドル(9156億円=1ドル109円換算)で買収することになった。これは「バイアコム」が「パラマウント・ピクチャーズ」を買収するための足がかりだったのはないだろうか。「僕自身は子ども過ぎて、その買収の話には、当時注意を払っていなかった。でも、それ自体が、かなり大きな出来事として認識されていたのは覚えているよ」と話したモーデン監督。「バイアコム」は、同年に「パラマウント・ピクチャーズ」、99年にはアメリカの3大ネットワークのひとつ「CBS」を買収していった。
1997年頃からアメリカでDVDが商用化されることに。それぞれのスタジオと契約を結ぶなかで、04年には「ブロックバスター」の経営がピークに達し、世界に9000以上の店舗をかまえることになった。しかし、この頃には後にライバルとなる「Netflix」も、既に事業を展開していた。「ブロックバスター」の成功は、既に企業として事業を行っていた「Netflix」よりも、作品のラインナップ、会社のブランディングに長けていたからなのだろうか。
モーデン監督「『ブロックバスター』の人気には、多くの要因があった。まず『ブロックバスター』は、小さなビデオレンタル店よりも合理化されたビジネスモデルを持っていて、競争相手のほとんどを追い払っていた。『Netflix』が事業を始めた時、『ブロックバスター』自身は『自分たちは大きすぎて、潰されるはずがない」と過信していたのだと思う」
当時の「ブロックバスター」は、「Netflix」のCEOリード・ヘイスティングスと会合し、同社を買収するチャンスがあったのだが、その機会を逃していた。なぜ買収をしなかったのだろうか。
モーデン監督「『ブロックバスター』は、誰か(=他の会社)の助けを必要だとは思っていなかった。『ブロックバスター」は、それほど巨大だったからね。当時の『Netflix』は、ストリーミングビジネスを始めていなかった。ただDVDを郵送していただけだ。『Netflix』を買収するよりも、同様にDVDの郵送ビジネスを始めるという決断に至ったんだ。僕自身は、『ブロックバスター』が、それを始めたことが“大きな間違い”だったと思っている。でも、当時の『ブロックバスター』が、その後の展開を知るのは、とても困難だったと思う」
「The Last Blockbuster(原題)」を鑑賞して驚いたのは、サンディ・ハーディングさんの行動力だ。アメリカのディスカウントスーパー「ターゲット」、世界最大のスーパーマーケットチェーン「ウォルマート」、アメリカの家電販店「ベストバイ」などで新作を買い集め、それをレンタル商品として人々に貸し出しているのだ。
かなり骨の折れる作業だ。ここまでして““最後の店舗”の運営を続けるハーディングさんとは、一体どんな人物なのだろう。
モーデン監督は「彼女はとても素晴らしい人物だ。僕たちスタッフも、撮影中にどんどん彼女の人柄を好きになっていったくらいだ。店を続けるための彼女の努力がなかったら、『ブロックバスター』は1店舗も残っていなかっただろう」
ハーディングさんの労力があってこそ、最後の「ブロックバスター」の経営は続けられている。その功績が認められ、親会社「ディッシュ・ネットワーク」は、ハーディングさんとのマネージャー契約を延長した。
「ブロックバスター」破産の理由――世間では「Netflix」や「Amazon」のビデオ配信サービスの台頭にあるとされているが、劇中では別の要因があげられている。それは、08年の経済危機、レンタルの延滞料金を無料にしたこと。モーデン監督は「破産につながっていった要因はたくさんあった」と説明する。
モーデン監督「それらのひとつが、決して100%の要因ということではない。しかし、08年の経済危機がなければ『ブロックバスター』は回復して、今でも経営を続けていたと思う。それに延滞料を取り除いた時は、確かに経済的な打撃を受けたんだ」
本作には、ケビン・スミス監督、俳優のアダム・ブロディやアイオン・スカイが「ブロックバスター」への思いを吐露している。彼らはどのような経緯で出演へと至ったのだろう。
モーデン監督「我々は、主にビデオ店で働いていた人々(=有名人)、映画ファンのコメディアンに連絡したんだ。僕らが『ブロックバスター』についての話をしたいかどうかを聞くと、多くの人たちが『イエス』と言ってくれたことに驚かされたよ」
最後にこんな質問を投げかけてみた。
「今作を通して、あなたが観客に理解してほしいことは?」
モーデン監督「優しく巻き戻しをしてください(Please remember to be kind and rewind=『ブロックバスター』のVHSのテープについていたタグの言葉)を忘れないでほしいね」
筆者紹介
細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。
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