コラム:韓国の人がぶっちゃける、made in KOREA - 第14回
2012年2月28日更新
現代を生きる日本人よ、「男はつらいよ」を見よ!
「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んで、フーテンの寅と発します!」
このせりふにピンとこない日本人の方がいらしたら、私は声を大にして叫ぶでしょう。「それでも日本人か!」と(平成生まれならば、仕方ないですね)。日本の大学へ交換留学していた2007年。部屋でひとり熱い涙を流した日々を私は忘れられません。
昔から私は、日本という国にたくさんのカルチャーショックを受け、いろいろと学ぶべきことの多い国だと尊敬してきました。文化水準以前に、人に迷惑をかけない国民意識。職人精神で魂をこめてモノや料理をつくり、昔からの文化がいたるところで守られている国。「暴走族がお守りをつけたまま、初日の出を見に原付を飛ばす」ような、保守的なんだか、フリーダムなんだかよくわからないところも、とても好きです。
しかし外国人の私から見て、日本の国民は親切で丁寧な反面、どこか「冷たい」という印象は拭えませんでした。他人に対して冷たい態度を取っているワケではなく、むしろ丁寧なのに、どこか「さめた壁」を感じる。
私の国・韓国は、どちらかというと真逆かもしれません。“不親切で無礼なくせに、情には厚い”国民性。もちろん、ビジネス面においては、前者の方が賢いのでしょう。しかし、多くの日本人から感じる“迷惑はかけないが、損はしない”国民性と接していると、「少しくらい損をしたって、それによって返ってくる人間関係の価値はより大きいだろうにな」と感じてしまうことがありました。
そんな寂しさを感じていたころでした。私は「寅さん」に出会って、日本ではじめて「人情」を見た気がしました。単なる「ワンパターンの失恋話」が、多くの観客を泣かせ、全48作品という大作として愛され続けたという事実。親切で丁寧どころか、ガサツで、感情的で、細かい計算も出来ないような不器用な男が、「日本一愛される渡世人」になったのです。日本が本当に「情の薄い国」だったならば、「男はつらいよ」シリーズが国民的作品になることはなかったでしょう。
私は作品に感動すると同時に、その事実にも心が温かくなったのです。何に関しても徹底的な日本人が、時間も気にせずにふらりと旅を続ける寅さんに共感し、懐かしみ、涙する。今の時代、この事実を考えることにも深い意味があるのではないでしょうか。
映画の舞台は、今や必需品である携帯電話もパソコンもないアナログな時代。便利で豊かな現代よりも、不便な生活で隣人と助け合いながら共存していた時代の方が、「人と人との情」はよっぽど豊かだったものと思われます。
特に、家族や「元祖・妹キャラ」である桜との再会と葛藤と別れは、毎回名シーンもの。とても美しい日本各地の情景と、カッコ悪いけどカッコ良い寅さんの生きざま。桜がもたらす癒し。不器用でもまっすぐに生きてゆく、正直な生き方へのあつい感動。「まだ見ていない方は、ぜひ見てほしい!」と(外国人なのに)声を大にして言いたいくらいです。
そして、全シリーズに登場した我らが最高のマドンナ「おばちゃん」(故三崎千恵子さん)! 素敵な演技、ずっと忘れません。ご冥福をお祈りいたします。