コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第6回
2019年9月26日更新
「チェルノブイリ」は日本人が“見なければならない”傑作 無知と無責任が招いた大惨事
映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!
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ドラマ「チェルノブイリ」は、その題名が示す通り1986年4月26日に旧ソビエト連邦のキエフ州プリピチャ(現ウクライナ)にあるチェルノブイリ原子力発電所で起きた大事故を描いた、全5回330分の米英合作のミニシリーズ。先日の第71回(2019年)プライムタイム・エミー賞で、リミテッドシリーズ部門の作品賞、脚本賞、監督賞、撮影賞、作曲賞など10部門を受賞した今年のドラマのなかでも屈指の話題作だ。
物語は発電所で起きた謎の爆発から始まる。そのときすでに炉心は吹き飛んでいたが、職員のほとんどが事態を把握できず、責任者は事の重大さをまったく認識していなかった。やがて地区の消防士たちは、何も知らされないまま現場へ向かって消火活動にあたり、近隣の村に住む住民たちも無防備に外に出て、まるで花火でも見るように発電所の火災を見物していた……。無知と無責任によって被爆と放射能汚染が拡大していく恐怖と戦慄は、下手なホラー映画よりも格段に恐ろしい。
冒頭から決して楽しい展開ではない。ここで描かれるのは、人類が解き放ってしまったコントロールできないものとの決定的な負け戦だ。だが、作り手たちの何かを伝えようとする真摯な姿勢は明確で、これが“見続けなければならない”ドラマであることは数分ですぐにわかる。そして、最後まで一気に引き込まれていく。事故から30年以上経ち、ようやく物語として語ることができるようになったこの題材に、作り手たちは最大限の勇気と情熱を持って取り組んでいる。
そして、日本の視聴者は当然、このドラマを客観的に見ることは不可能だ。だが、避けて通るべきではない。これは映画館で見られない傑作どころか、日本の地上波テレビでもおそらく放映されることのない、だからこそより一層価値のある必見作といえるだろう。
やがて専門家の検証が始まり、事態は予想を遥かに超えて深刻で、欧州全土に壊滅的な影響を及ぼすメルトダウンが進行中であることがわかる。多くの者たちが命を捨てて危機を回避しようとする一方で、社会主義国家お得意の国の面子のための隠蔽と口封じが繰り広げられ、多くの真実が闇に葬られようとする……。
中盤から後半にかけては、メルトダウン阻止のために名もなき英雄たちが闘うパニックサスペンスと、事故の原因が明らかにされ、正義が実行されるか否かの社会派ミステリーが同時進行してスリリングにドラマが進み、同時に消火活動にあたって被爆した消防士と妊娠中の妻の悲恋ラブストーリーで涙も誘う。
このシリーズの中心人物である企画、脚本、製作総指揮のクレイグ・メイジンは、これまで「絶叫計画」シリーズや「ハングオーバー」シリーズの脚本を担当し、「MIS II メン・イン・スパイダー2」(2000)や「スーパーヒーロー ムービー!! 最“笑”超人列伝」(08)では監督もしているマニア系コメディの作家だが、今回は笑いを完全封印し、様々な陰謀系映画やドラマの名作をしっかりと踏まえて、見事な代表作をものにした。
IMDbによると、物語の大筋は91年にアンソニー・ペイジが監督し、ジョン・ボイト、ジェイソン・ロバーズらが出演したテレビドラマ「Chernobyl: The Final Warning」のリメイクということだし、ラブストーリーの部分は、映画版も作られた2013年制作のウクライナのミニシリーズの力作「Inseparable(Motylki)」の影響も見られるが、もちろん2019年に改めて世界に問うオリジナル作品として独立したものになっている。
スウェーデン出身でミュージックビデオやCFで名を馳せ、「ブレイキング・バッド」や「ウォーキング・デッド」の数話を演出しているヨハン・レンク監督は、ダークかつヘヴィな映像と音楽の、落ち着いたトーンで物語を進めながら、随所に鋭利な刃を光らせ、見る者の心に突き刺してくる。ジャレッド・ハリス、ステラン・スカルスガルド、エミリー・ワトソンと、キャストも派手な顔ぶれを一切起用せず、渋い本格派の演技を積み重ねてリアリティを追求しているのも素晴らしい。
チェルノブイリは過去の話ではないし、決して終わることのない物語である。そして、チェルノブイリと同じ、国際原子力事象評価尺度(INES)レベル7の大事故となった東日本大震災による福島第一原子力発電所事故も同様であることは言うまでもない。
こうした作品が世界中の多くの人々に見られることは、人類規模の大事故を風化させないだけでなく、一度事故を起こせば取り返しがつかないその危険性を再認識させることで脱原発を加速させるとともに、今も稼働中の日本を含め各国の原子力発電所の安全にもつながるハズだ。と同時に、この勇気あるドラマは、日本の映画やドラマの作り手たちにもぜひ見て欲しい。
現在、日本では福島の事故を描く「Fukushima 50」が製作中だが、このシリーズの後に下手なお涙頂戴映画を世に出すことは許されない。そして、福島に関しては映画やドラマにすべき物語はまだまだ無数にあるだろう。
「チェルノブイリ」は、スターチャンネル、Amazon Prime Video内「スターチャンネルEX」で放送中。
筆者紹介
江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。
Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/