コラム:若林ゆり 舞台.com - 第68回
2018年5月24日更新
第68回:名作「モーツァルト!」のタイトルロールに挑む美形俳優、古川雄大は気負わない!
いまや日本における海外発ミュージカルといえばブロードウェイかウエストエンドから、とは限らない。ウィーン産ミュージカルの人気がすさまじい勢いなのだ。いちばん人気は宝塚から火がついた「エリザベート」だろうが、同じくミヒャエル・クンツェ(脚本・歌詞)&シルベスター・リーバイ(音楽・編曲)コンビによる「モーツァルト!」も、引けをとらない。ウィーンが生んだ音楽の天才、ボルフガング・アマデウス・モーツァルトの波乱に富んだ人生を、ドラマティックな楽曲に乗せて描く作品だ。今回は演出も刷新されるということで、話題を集めている。
この大作でこれまでに井上芳雄、中川晃教、山崎育三郎という豪華な顔ぶれが演じてきたヴォルフガング(モーツァルト)役を今回演じるのは、3度目の続投となる山崎育三郎、そして、新たなスター、古川雄大(ふるかわ・ゆうた)というWキャスト。演出家・小池修一郎に見いだされ、「エリザベート」の皇太子ルドルフ役、「ロミオ&ジュリエット」のロミオ役などでぐいぐい実力をつけてきた古川の抜擢は、まさに満を持して、といったところ。稽古中の古川に、話を聞く機会を得た。
このヴォルフガングは、ミュージカル界の若い男性俳優にとっては憧れの役。山崎育三郎は10代のころに井上芳雄の演じるヴォルフガングを見て「いつか絶対にあの役を演じたい!」と心に誓ったというが、古川の場合は?
「僕は前回、2014年の公演で、育三郎さんのバージョンを見たのが最初です。そのときは、一観客として素晴らしい作品だと思いましたし引き込まれましたが、自分がこの役をできるとは思っていませんでした。『いつか経験を積んでやれたら』という気持ちではいたんですけど、そんなに強い願望というより遠い夢のような。ただ、やはりこの役をやりたい人はたくさんいる。その中で自分を選んでいただいたので、もちろん『やった!』という気持ちになりましたし、覚悟を決めたという感じですね」
この作品は、とてつもない才能に恵まれながらその才能ゆえに苦悩する音楽家の感情を、ユニークな形で表現している。古川はまず、この作品に登場する“アマデ”という存在に魅了されたという。
「アマデというのはヴォルフガングの幼いころの姿なんですけど、大人になったヴォルフガングのそばにいつもいて、動き回ったりいろんな表情を見せたりするんです。アマデは彼の才能を象徴していて、ヴォルフガングは天才と呼ばれた幼いころの幻影、才能にとらわれている。『影を逃れて』という曲にそれが表されているんですが、アマデはヴォルフガングのすべてであり、自分が大切にしたいものでもあるんですけど、その存在があるから一歩前に進めない、足かせでもある。そんな彼が、周囲の人々に翻弄されながら自分の音楽を突き詰めていく、とても密度の濃い作品です。アマデという存在はファンタジックでありながら、ストーリーにはすごくリアルなものがあるという、そのバランスも素敵なんです」
そしてもちろん、圧倒的な楽曲の魅力がここにはある。ヴォルフガングのさまざまな、激しい感情を乗せて美しく響くナンバーの数々は「どの曲も『ああ、すごく共感できるな』と思わせてくれる」という。
「たとえば、『僕こそ音楽』という曲。やはり自分が突き詰めていくものは、『自分がいちばんだ、最強だ』と思って臨みたいと思ってやっていますし、そうでなきゃいけないと思えます。『残酷な人生』は、自分にとってどんなに最悪なことがあっても周りはいつも通りの日常が流れている、という情景を歌った曲なんですけど、『僕はこんなにどん底なのに周りとのギャップを感じる瞬間ってあるな、わかるな』と思います。『影を逃れて』で言えば、自分がだんだん年を重ねて大人になっていくときに、『過去の方がよかった』ということって誰にでもあると思うんです。そういう部分をどう感じるのか。だからどの曲も、意外と身近なテーマが散りばめられているな、と思います。天才の話ですけど、誰にとっても覚えのある感情が描かれているんです」
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka