コラム:若林ゆり 舞台.com - 第35回
2015年10月6日更新
第35回:伝説の寓話的名作「ダブリンの鐘つきカビ人間」で佐藤隆太が初心に返る!
上西の姿に「初心を思い出す」のには理由がある。佐藤自身、上西と同じ19歳のとき、同じパルコ劇場で俳優デビューを果たしたからだ。宮本亜門演出、男ばかり10人で上演されたミュージカル「ボーイズ・タイム」での経験は、佐藤にとって特別な思い出だという。
「ウルフルズの音楽だけでやるミュージカルがあるということですごく参加したくて応募して、オーディションに合格したところが僕のスタートです。そのころのことはよく覚えていますし、楽しかったです。共演者の方々に恵まれましたね。当時はただの大学生で右も左もわからないし、足を引っ張っていたところも多々あったと思うんですけど、みなさん嫌な顔ひとつせずたくさんのことを教えてくださいました。あのとき共演した先輩たちに会えたからこそ芝居の面白さも難しさも知ることができたし、現場での振る舞い方みたいなことも教えてもらえました。それまでは映画にいちばん興味があったんですけど、あの舞台でデビューさせてもらえてすごくよかったなと本当に思いますし、僕の原点です。上西さんを見てね、あのころ先輩たちが僕にしてくれたことを、いま僕がしなきゃいけない立場だって考えると、自分はまだまだだなあと痛感しますね」
デビュー作で先輩たちから教えてもらったことは、いまも俳優としての佐藤を支えている。
「東京公演が終わって初めてバラシ(舞台セットの解体)となったときに、藤井隆さんが僕の手を引っ張って、『行くよ』とだけ言って歩き始めたんですよ。僕は何かやっちゃったかなとドキドキしていたんですけど、舞台上まで行くと、作業中のスタッフさんたちに向かって『ありがとうございます、よろしくお願いします!』って大声で言って頭を下げられたんです。僕も見よう見まねでお礼を言って頭を下げました。どうすべきかを背中で教えてくれたんです。帰りには伊藤明賢さんが『これからこの仕事をやっていったらいろんなことがあるかもしれへんけど、スタッフさんたちへの感謝は絶対に忘れたらアカンで』って言ってくださいました。そんな先輩たちの言葉がうれしかったですね。すごく当たり前のことですけど、人と人とが仕事をする中で、誰の力が欠けても成り立たない。自分が忙しくなって余裕がなくなったときなんかに、よくそのことを思い出します」
デビュー作からずっと、どうも佐藤には隣に女性がいるより男がいるほうがしっくり来るという印象があるのだが……。
「そうなんですよ、よく言われますけど(笑)、純粋にそういう役が多かったんですね。なんかずーっと本格的なラブストーリーみたいなものに絡んでこなかったので、普通にみんなができることができないんですよ、照れくさくて(笑)。舞台の『ビロクシー・ブルース』なんかではラブシーン的なものもありましたけど、照れくさかったですね。とにかくやったことがなかったから、いまさらやるのが恥ずかしいという時期がありました。今回もラブストーリー的な要素があるわけなんですけど、その引き出しが自分にあるか。頑張って引き出しを開けてやるしかないと思っています」
この「ダブリンの鐘つきカビ人間」は、舞台初心者、とくに映画好きな人たちにぜひ見てほしいという。
「初めて舞台を見るという人にもすごく入りやすい作品だと思うんですよ。これを最初に見たら、その後も舞台が好きになれるんじゃないかな。最初に見る作品って大事ですからね。わかりやすくて頭を使わなくても見られるし、面白くて笑えるし、でもずーっと残り続けるインパクトがある。最初に見る作品って大事ですからね。しかも、純粋に楽しめるんだけど、自分が感じ取ろうと思えば思うほどいろんなものを感じられるし、自分に置き換えたときにちょっと恐くなったりもするし、いくらでも吸収できる。出ている自分が言うと宣伝っぽく聞こえちゃうかもしれないんですけど(笑)、本当に『この作品と出会えてよかったな』って心から思えると思います」
「ダブリンの鐘つきカビ人間」は10月3~25日、パルコ劇場で上演される。その後、福岡、広島、大阪、仙台、札幌でも上演。詳しい情報は公演HPへ。
http://www.parco-play.com/web/play/dublin2015/
撮影:若林ゆり、ヘアメイク:西岡達也(vitamins)、stylist 勝見宜人(Koa Hole inc.)
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka