コラム:若林ゆり 舞台.com - 第18回

2014年10月31日更新

若林ゆり 舞台.com

第18回:アダム・クーパーが「雨に唄えば」でもたらしてくれる幸福感がハンパない!

 2年前のロンドン。そのとき、私は期待していたあることが思ったようにいかず、落ち込んでいた。後悔が波のように押し寄せ、ガックリ。次の予定はパレス・シアターで上演中のミュージカル、「SINGIN' IN THE RAIN」。大好きな映画「雨に唄えば」が、愛するアダム・クーパーの主演で見られるとあって楽しみにしていた舞台なのに……。こんな状態で楽しめるんだろうか?

答えはもちろん、イエス! 幕が上がった瞬間、あれほど気に病んでいた嫌なことは吹っ飛び、心が幸福感でいっぱいになった。全身からうれしさが湧きだしてくるような、まさに至福の時間だ。ミュージカルの醍醐味を、これほどめいっぱい味わわせてくれる舞台はほかにない。これを再び、しかも日本で見られるなんて!

そんな、幸せをくれたスーパー・ダンサーにしてミュージカル・アクター、アダム・クーパーにインタビューのチャンスをもらい、2年前に味わった気持ちをそのまま伝えた。こんなに人をハッピーにできるなんて、本人にとってもハッピーなことなのでは?

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「間違いなく、そうだね」と、アダムは満面の笑みを返してくれる。「これほど人々に影響を与える舞台に関わることができるなんて、とてつもない栄誉だと思うよ。これほど幸せに感じさせてくれる舞台には、これまで出たことがなかった。マシュー・ボーンの『白鳥の湖』のときには、今回とは異なる形で人々に影響を与えたと思う。人生について考えるきっかけを与えたり、子ども時代に立ち戻らせたりね。でも、この舞台については、僕は“薬”のようなものなんじゃないかと思っている。人々を元気にして、癒すんだ。いただく手紙の量や内容を考えてもね。そこにはどれも同じように、嫌な日だったり嫌な年だったときに舞台を見て、突然そのことを忘れ、すべてのことをよりよく考えられるようにしてもらった、と書かれていた。ミュージカルに、そんな素晴らしいことができる力があるなんて。これは驚きだよ!」

言うまでもなく、「雨に唄えば」はミュージカル映画史上で最高の作品だ。サイレントからトーキーへと移りゆく映画界を舞台にした、愉快でロマンティックなストーリー。ジーン・ケリーやドナルド・オコーナーらによるパフォーマンスは伝説的。演じる上で、ジーン・ケリーの亡霊に悩まされることはなかったのだろうか?

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「ありがたいことに、そんなことはなかったな。彼はもう死んで長いし(笑)。僕が彼をブロックアウトしたからだ。そうしなければならなかった。ジーン・ケリーとは違うドン・ロックウッドを作りたいと思ったんだ。『雨に唄えば』は、ミュージカル映画としては完璧と言ってもいい作品だよね。ジーン・ケリーは当時、キャリアの最高潮だった。振付ばかりか、共同監督も手がけていたんだからね! だからすべてがピッタリとかみ合って、最高の効果を上げていたんだと思う。実は最近になって初めて見直したんだけど、興味深かったよ。自分が、彼とは異なるいくつもの選択をしていたことが確かめられたから。それが僕にはうれしかったんだ」

この作品はコメディとしての要素も素晴らしい。映画ファンとしては、サイレントのスターで変声の持ち主、リナと共演する劇中映画も見逃せない。この撮影には、面白いエピソードがあったそう。

「撮影のとき、僕たちはイギリスの南海岸にあるチチェスターに滞在していたんだ。そこには地元の名士が所有する、古くて大きい、魅力的な屋敷があってね。屋敷のボールルームで、劇中映画の剣による戦いの場面を撮影したんだ。撮影は低予算だったけど、その部屋にはとてつもなく高価な絵画があふれていた。幸いなことに、僕は剣の戦いには慣れているんだ。問題は、代役だった。怪我をしても支障がないように、との配慮でなるべく代役を使って撮影することになっていたんだけど、僕の代役はあまり剣の経験がなかったんだ。ある場面で、剣が彼の手から宙に飛んで……! 剣の先が最も高額な絵画のフレームをかすった。部屋にいた全員が『あっ!』と息を呑んだよ。部屋には所有者の女性も見守っていたので、みんな息を詰めたまま、誰かが口を開くのを待っていたんだ。彼女が『大丈夫だと思うわ』と言った瞬間、ホッとした(笑)。僕が言えたのは『オー、ゴッド!』だけだったよ(笑)」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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