コラム:若林ゆり 舞台.com - 第131回

2025年9月11日更新

若林ゆり 舞台.com
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オリジナル演出では舞台の外、主に客席から声で厳しく指示を飛ばすシーンの多かったザックだが、今作では舞台上で、パフォーマーたちと直接向き合う。そこには、ただ怒鳴るだけの“権力者”ではなく、同じ舞台人としての体温がある。厳しさの奥にある情と、冷静なまなざし。それを浮かび上がらせるのが、いまのアダム・クーパーの「演じる力」だ。それを味わえるのも、このバージョンの大きな魅力。とは言えこのザック、いまの風潮からすれば「パワハラ」とも言われかねない……?

「そうですね。ある意味では、ザックのキャラクターはオリジナルのままで更新されていませんから。彼にはひどいところがある (笑)。しかし、たとえば200人の人間がいる部屋で人を選ばなければならないときのプレッシャーがどれほど大きいか、僕は知っています。それはけっして簡単な仕事ではないのです」

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もちろんダンサーとして、そして演出家としての経験を踏んでいるアダムだからこそ、共感できる部分も少なくない。

「僕たちはザックの残酷な面も隠さず見せたいと思っていましたが、実際にはそれ以上の“ザック”を見せたかった。ただ冷徹なだけではなく、パフォーマーひとりひとりに対峙する男の人間的な感情を見せ、彼はただのモンスターではないんだ、才能を見つけるためにそこにいるんだ、と理解してほしかったのです。彼はオーディションにやって来たみんなのことを知りたいと思っていて、何よりも、最高のショーを作りたいと思っています。だから厳しくなってしまうのですが、彼自身も昔はダンサーでオーディションを受ける立場にいたことがあるから彼らの気持ちがわかるし、実はとても気にかけている」

「観客にも、ザックのそういう人間的な内面を感じ取ってもらえると思います。オーディションというのは本当に不思議なもので、良い日もあれば悪い日もあり、雰囲気に圧倒されてしまうこともあるものですからね」

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ならば、チャンスを掴もうと必死で挑み続けるダンサーたちの姿に、自分を重ねる瞬間もあったに違いないと思いきや、「いや、実はそういうことはありませんでした。彼らの切実さに触れて、自分がいかに恵まれた道を歩んできたかを思い知らされた」そう。

「ありがたいことに、僕はここまでスムーズに来られたから『その気持ち、わかる!』というような共感はしなかったんです。兄と一緒にダンスを始めたから、強いて言うなら姉の影響を受けたマイクとは似ているところがあるかな。でも、辛い経験をした仲間たちはたくさん知っています。昔の同級生には映画『リトル・ダンサー』のモデルとなった友人もいるので、彼の乗り越えてきたものを思うと、申し訳なくなるくらいです」

ただし、オーディションで苦い思いをした経験はあるという。

「それは主に、映画やドラマのオーディションですね。ロン・ハワードら、著名な監督の作品にも挑んだことがあります。でもそのほとんどで落ちてしまいましたから(笑)。『リトル・ダンサー』の“大人ビリー”役は、オーディションではありませんでした。製作者たちがマシュー・ボーン版『白鳥の湖』を見せたらどうかと思いついて、そのとき白鳥を踊っていた僕に白羽の矢が立ったのです」

「チャレンジを恐れない」という彼は俳優としての挑戦も果敢に行ってきたが、「怖かった」と告白するのが、日本での経験。天海祐希共演の「レイディマクベス」で、日本人俳優に混じってマクベス役を務めたときのことだ。

「稽古場で、共演者たちは日本語でセリフを話しているのですが、僕は日本語がわからない。彼らが自分に何を言っているのか理解できないことに、最初はとても恐怖を感じました。日本語のセリフに対してリアクションする必要があるので、英語にした台本をすべて覚えるまで読み込んで、何を言われているのかを把握していかなければならなかったのです。すごく大変でしたが、結果的には素晴らしい経験になりました」

「僕にとって非常によかったと思うことは、まず日本語でセリフを話す機会を得られたこと。英語のセリフもありましたが、日本語で話すことができたということは誇りに思っています。そしてもうひとつは、素晴らしい日本の俳優たちと一緒に作品を作り上げることができたこと。天海さんは卓越した俳優ですし、ほかのみなさんも全員、才能あふれる温かいカンパニーで、本当に素晴らしい経験でした。恐怖に打ち勝ててよかった(笑)」

「コーラスライン」に話を戻そう。ダンサーとしての過去を持つザックは、終盤にソロ・ダンスを披露する。このバージョンの新しいシーンだ。その場面についてアダムは「過去と未来が交錯する、象徴的なシーン」と語る。

「ザックのソロは、彼がダンスをしてきた過去の道のりを振り返りつつ、過去と現在、未来の間で葛藤している姿を描いています。それまでの自分と同じことはできない、それはわかっている。その上で過去の亡霊や、自分の中の悪魔みたいなものと戦っている。たとえばキャシーの存在だとか彼自身のキャリア、いまやるべきこと、過去の栄光……。過去が彼にまとわりつき、彼の心を苛んでいます」

「と同時にこれはマイケル・ベネット自身と、彼が遺してくれたものに対する敬意を表すものでもある。そういう状況にいるザックの下に、どこからともなく金のシルクハットが舞い降りてきます。それはまさに、彼自身のキャリアを表すもの。彼はそれをどうしようかと一瞬、思い悩みますが、次の世代に渡すという考えに至って、次の『One』というあの曲へとつながっていく。だから僕もそこでは、次の世代への思いを込めて踊っているのです」

劇中でダンサーたちが問われる、印象的な質問がある。「もし今日を最後に踊ることができなくなったら、あなたはどうする?」。この問いに、アダムならどう答える?

「ダンス以外でいま、自分がしていることを続けるだけでしょう。僕はいまでは演じて、歌って、振付や演出をすることがメインになっていて、単にダンサーとしての仕事はもうほとんどしていません。僕も過去の自分と同じようにはできないということはわかっています。ダンサーとしての自分は、自分にとってはもう過去のもの。でも、まだできることはある。この作品ではダンスを通して表現できることを、とてもうれしく思っています」

ミュージカル「コーラスライン」日本プレミア公演は9月22日まで東京建物Brillia Hallで、9月27日~28日に宮城・仙台サンプラザホールで、10月2日~6日に大阪・梅田劇場メインホールで、10月10日~19日には東京凱旋公演としてシアターHで上演される。詳しい情報は公式サイト(https://tspnet.co.jp/acl/)で確認できる。

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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