コラム:若林ゆり 舞台.com - 第131回
2025年9月11日更新

新版「コーラスライン」でアダム・クーパーが演出家役に自分を重ね、表現するダンスの奥深さ!

いまのアダム・クーパーは、単なる“踊る人”ではない。かつて世界を魅了した英国バレエ界の至宝は、演出家・振付家として才能を発揮し、「演じる男」として舞台に立つ。雄弁な肉体のみならず、声の響きや視線の鋭さ、沈黙の間合いによって観客を支配する彼の表現力は、ますます円熟味を増している。そんな彼が新演出版「コーラスライン」で演じるのは、オーディションを仕切る演出家、ザック。映画版(1985年、リチャード・アッテンボロー監督)ではマイケル・ダグラスが演じたこの役に新たな光を当て、深い人間性をもたらしたアダムに話を聞いた。
「この作品を新しく再構築すると聞いたときは、ものすごくワクワクしました」と、アダムは目を輝かせる。
「コーラスライン」といえば、1975年の初演以来、長年にわたってブロードウェイの金字塔として君臨してきた名作ミュージカル。演出・原案・振付を手がけたマイケル・ベネットが、実際にダンサーたちから引き出した声を基に、ブロードウェイでの厳しいオーディションとそこに挑むダンサーたちを描いた傑作だ。この作品がいま、新演出版として生まれ変わり、新たな感動を巻き起こしている。

アダムはこのミュージカルの魅力を「パフォーマーを題材にして、その存在について、リアルに迫っているところが出色だと思います。しかも、これまでになかった方法で描き出している」と分析。
「とてもハッピーな部分があり、笑えるところがある一方で、心をえぐられるような哀しみもたっぷりありますよね。この作品の創作の過程自体がとてもユニークであることはご存じだと思いますが、エンタテインメント業界の裏側をまるでドキュメンタリーのようにリアルに描いていて、キャラクターそれぞれの人間性が露わに、生々しくむきだしになっています。見る側も感情的に深く共鳴せずにはいられないし、感情移入して見るのが辛くなる部分もあるほど。70年代にはハッピーなミュージカルがスタンダードでしたが、この作品は正反対で、なおもエンタテインメント。業界をこんな風に描き出したショーはほかに知りません」

撮影:樋口隆宏
しかし、2013年のリバイバル版を観劇したときには「時代遅れに感じて、あまり感動できなかった」と率直に語る。
「演出が、オールドスタイルだと感じました。それはたいていのリバイバル作品に言えるのですが。この作品の場合はマイケル・ベネットがあまりに神格化されているので、誰も新しい演出をしようとは思いつかなかった、ということもあるかもしれません」

撮影:樋口隆宏
しかしイギリスでは近年、古い名作に新たな光を当て、いまの時代の息吹を吹き込んで、再構築したリバイバル作品を上演するという潮流がある。今回の演出を手がけたニコライ・フォスターは、まさにその分野の名手。レスターにあるカーブ劇場(The Curve)を拠点に「サンセット大通り」や「マイ・フェア・レディ」など、数々の新演出リバイバルで高評価を得てきた。
「僕が観たオリジナル版の再演は、もちろん振付も1970年代に作られたオリジナルのままでした。しかし現代のダンサーたちが踊るのなら、違うダンスにしなければダンサーも生きない、と感じたし、ニコライもそうだったんだと思います。彼は既存の作品を新しく魅力的に生まれ変わらせることが本当に得意で、素晴らしい実績もある。出来上がった新バージョンは演出も音楽アレンジも振付も、すべてが調和して相乗効果を生み、より力強くなっているな、と思っています」
「初演当時に革新的だった作品だからこそ、時代に合わせた表現がより作品の魅力を際立たせ、人々の心を動かしていくのです。これこそ、現代のお客さんが、70年代に大ヒットさせたときと同じようなメッセージとパワーを感じ取ることができる方法だと思います」
筆者紹介

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka