マッドメン シーズン1 : 特集

 「マッドメン」の舞台は1960年代初頭のニューヨークだ。大手広告代理店のやり手の広告マンとして働く主人公ドン・ドレイパーを中心にエキサイティングな心理ドラマが展開していくのだが、最初に目を惹かれるのは当時のライフスタイルだろう。1960年代といえば、今からわずか50年ばかり前の「近過去」だ。それにも関わらず、「マッドメン」で描かれる生活は現在とはあまりにかけ離れているのである。

 「マッドメン」の主人公たちは、職場での喫煙はもちろん、飲酒も当たり前で、ウイスキーをアイスティーのようにあおりながら打ち合わせをする。女性社員に対する性的イタズラもやり放題で(当時は「セクシャルハラスメント」という言葉すら存在しない)、男たちは家庭を顧みず、野心と欲望の赴くままに、仕事に女にと没頭する。また、広告代理店という華やかな世界を舞台にしているため、インテリアからファッションまで彼らを取り巻くものすべてがスタイリッシュだ。視聴者――とくに男性は――きっとこう思うに違いない。ああ、なんて素晴らしい時代だったんだろう、と。「マッドメン」は、今や過ぎ去ってしまったデカダンスな時代を描く、ファンタジーとしての一面を備えている。

 しかし、懐古主義が「マッドメン」のすべてではない。実は60年代前半というのは、アイゼンハワー大統領時代の未曾有の経済的繁栄と、ビートルズの出現から起きる政治・社会・文化の激動期との谷間にあたる。反戦運動や公民権運動、フェミニズム運動といったムーブメントが広がりを見せるにはまだ数年の猶与があるものの、差別を受ける黒人ウェイターや、秘書から徐々に出世する女性のサクセスストーリーを描くなど、来るべき変革の兆しが物語に巧みに織り込まれている。史上初の黒人大統領が誕生したいま、現代アメリカ史を振り返る機会を「マッドメン」は提供してくれるのだ。

 その美しいビジュアルや時代設定ばかりに目を奪われてしまいがちだが、「マッドメン」が全米批評家の賞賛を浴びた最大の理由は、実はその現代性にある。自信に満ちあふれ、成功を謳歌しているように見えても、主人公たちは孤独や不安を抱えて暮らしている。仕事のプレッシャーや職場や家庭のストレスなど、彼らの悩みは現代人となんら変わらない。むしろ、アメリカ的な価値観が凝り固まっていた当時のほうが、自らの感情を露呈することができず、より激しく葛藤することになる。つまるところ、60年代という時代設定は、現代的なテーマを浮き上がらせ、エキサイティングなドラマを生み出すための仕掛けなのである。

 「マッドメン」は、07年7月に全米放送がスタートした。キャストに有名スターはおらず、ドラマで実績のないベーシックケーブル局AMCでの放送だったため、シーズン1の平均視聴者数はわずか90万人だった。しかし、全米のマスコミがこぞって絶賛したことから、じわじわとクチコミが拡大。第60回エミー賞において、「LOST」や「Dr.HOUSE」「デクスター」といった強豪を抑え、ドラマ・シリーズ部門作品賞を受賞すると、一気にブレイクすることになった。エミー賞授賞式の直後に放送されたシーズン2の初回放送では195万人の視聴者を獲得している。

(小西未来)

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