千葉省三 : ウィキペディア(Wikipedia)
千葉 省三(ちば しょうぞう、1892年(明治25年)11月27日 - 1975年(昭和50年)10月13日)は、日本の児童文学者。雑誌『童話』の編集者をつとめた。
人物
栃木県河内郡篠井村(現・宇都宮市)で出生し、現在の鹿沼市楡木町で育つ千葉省三 下野新聞コラム『雷鳴抄』 2014年10月13日付(WEB魚拓)。父亀五郎は小学校教師で、後に校長を務めた。
宇都宮中学校(現・栃木県立宇都宮高等学校)在学中に、同窓会雑誌の編集作業をきっかけに上級生の半田良平と知り合う。当時の宇都宮中学校の校長は笹川臨風であった。
悪性盲腸炎のため進学を諦め、中学卒業後は代用教員となる。1914年に半田良平を頼って上京し、「日月社」「植竹書院」「コドモ社」といった出版社に勤務。当初は作家になる気持ちはなく、むしろ政治家志望だった。1920年に『童話』を創刊し編集責任者となる。編集者時代には西條八十や金子みすゞなどを見出したことでも知られた。
コドモ社時代に、同僚の浜田廣介のすすめで自身でも童話創作を手がけるようになり、1925年発表の『虎ちゃんの日記』をはじめとした、田舎村の子どもたちの伸びやかな生活を写実的に描いた「村童もの」と呼ばれる一連の作品は、戦後の昭和30年代に鳥越信・瀬田貞二編『新選日本児童文学』(小峰書店)に入集したことで再評価を受けることになった桑原三郎『「赤い鳥」の時代 大正の児童文学』慶応通信、1975年。。戦時中は新潟県に疎開し、戦意高揚のための国策文学に与することを拒んで断筆した。
1968年に「千葉省三童話全集」(岩崎書店)にて第15回サンケイ児童出版文化賞受賞。
雑誌『童話』
1920年から1926年まで発行された児童文学雑誌。『赤い鳥』・『金の船』と並ぶ大正の三大児童雑誌と評される。童話は小川未明や浜田廣介(編集部スタッフでもあった)、童謡は西條八十や島木赤彦、童画は川上四郎が活躍した。
千葉省三記念館
鹿沼市に千葉省三記念館がある(南押原児童館に併設)。 2015年 南押原コミュニティーセンター内に移転
著書
- 『トテ馬車 童話集』川上四郎絵 古今書院 1929 のち偕成社文庫
- 『ワンワンものがたり』金蘭社 1929 のちポプラ社文庫
- 『地蔵さま 童話集』古今書院 1932
- 『葱坊主 童話集』古今書院 1932
- 『陸奥の嵐』大日本雄弁辯會講談社 1933
- 『阿新丸』布施長春繪 講談社の繪本 1937
- 『孝女白菊』富田千秋絵 講談社の繪本 1937
- 『孝子萬壽姫』石井朋昌絵 講談社の繪本 1938
- 『竹やぶ 童話集』古今書院 1938
- 『勤王兄妹』大日本雄辯會講談社 1939
- 『孝子田宮坊太郎』石井滴水絵 講談社の繪本 1939
- 『コガネノフネ』立野道正絵 講談社の繪本 1941
- 『山田長政 南の英雄』講談社 1942
- 『ウサギノカイコン』河目悌二絵 國民社 1944
- 『手白猿』川上四郎絵 講談社の繪本 1945
- 『海の隼』中文館書店 1948
- 『泣かぬ星丸』伊藤幾久造絵 ポプラ社 1949
- 『千鳥笛』伊藤幾久造絵 ポプラ社 1951
- 『山姫かづら』蕗谷虹児絵 ポプラ社 1951
- 『はまぐり姫』村上三千穂絵 講談社の絵本 1952
- 『新日本少年少女文学全集 28 千葉省三集』ポプラ社 1960
- 『とらちゃん日記』吉井忠絵 岩波少年文庫 1960
- 『おつきさんをたべたはなし』東本つね絵 ポプラ社 1963
- 『ちっくたっく』二俣英五郎画 童心社 1963
- 『タカの巣とり』松田穰絵 偕成社 1965 のちフォア文庫
- 『千葉省三童話全集』全6巻 岩崎書店 1967-1968
- 第1巻 ばけねこたいじ.五右衛門風
- 第2巻 鷹の巣とり.虎ちゃんの日記
- 第3巻 おばけばなし.仁兵衛学校
- 第4巻 ワンワンものがたり.チックタック
- 第5巻 陸奥のあらし
- 第6巻 無人島漂流記
- 『虎ちゃんの日記』ポプラ社文庫 1979
翻訳・再話
- 邱長春『西遊記物語』平凡社 1931 世界家庭文学全集
- 『ファーブル虫物語 3』厚生閣書店 1931
- セギュール原作『ろばものがたり』編著 講談社 1951
- パーキンズ原作『エスキモーのふたご』編著 加藤まさを絵 講談社 1953
外部リンク
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