林隆志 : ウィキペディア(Wikipedia)

林隆志(はやし たかし)は、日本の武術家。日本自然門武術代表。

日本自然門武術の代表を務める。

1994年に米国ニューヨーク渡米、2001年アメリカ同時多発テロ事件を現地にて体験する。2001年デザイン会社NyyGを設立。2004、2005年 全米武術上級者部門連続優勝も本当の武術に達していないと思いから、武術界の至宝といわれた福建省呂耀鉄(ロ・ヨウテツ)師父から武術の本質を一から学び直す決心をする。帰国する2008年までニューヨークで各国の人に武術指導。その後、中国福建省へ自然門武術、呂父師の元で武術の本質を学び直す。帰国後、関西を中心に武術指導再開、平群町教職員対象の護身術講習会や奈良先端科学技術大学院NAIST Kung Fu and Volunteer Clubとその家族には武術クラスを無料で解放、障害者支援(たんぽぽの家)をして障害者の方も積極的に受け入れる。生駒市広報21年8月「街人探訪」p30に掲載。現在関西一円で武術指導を現在にいたりKCNタウンチャンネル「ないとフィーバーイコマ」レギュラー出演中

1994年に米国ニューヨーク渡米

1994年チャイナタウン (マンハッタン)で中国武術を多くの武術家、武術兄弟から(元ベネズエラ武官のペドロ・マルティネス、蘇昱彰、陳英、mike martello、Rudy Ibarra)学び始める。

2001年アメリカ同時多発テロ事件を現地にて体験する。

2004年全米武術上級者部門優勝

2005年全米武術上級者部門優勝

2008年日本に帰国

2009年中国福建省、呂耀鉄師父の自然門を学ぶ

2013年中国福建省に渡り、日本自然門武術と名乗るのに許可を得る

同時多発テロ

  • 2001年アメリカ同時多発テロを体験、様々なボランティア活動の支援に携わり、いつか人の為に支援したいと強く願う。同時に「人はいつか死ぬということ、それも好む好まぬ、突然死ぬ場合もあると」改めて思い知らされる。

著作

  • 『武術コミュニケーション』(パレードブック、2021年5月)ISBN 978-4-434-28628-5

自然門師父

  • 自然門武術創始者 徐矮子(ジョ ワイシ)師父1840年頃? 貴州省出身四川省 峨眉山にて修行、峨眉派系武術幼いころから軟硬気功等を習練し内外家、南北派の武術に精通していた。成人後は世間を渡り歩き高名な武術家などから教えを受けたなその後山に隠遁し研鑽を重ね創始した。また身体が非常に小さかった。
  • 自然門武術 二代目杜心五(シャ シンウ)師父

清時代後期、湖南省の人(1869一1953)6才頃から梅花拳、南拳、武当拳を学ぶ。 13歳で四川省峨眉山にて徐矮师師父の元で自然門武術を学び特に波脚(矮人歩)を授かる、ボディーガードの仕事などする

31歳(1900年)東京帝国農業大学へ留学

38歳(1907年)蒋介石のボディーガードになる

41歳(1911年)辛亥革命のち農林大臣に任命される

57歳(1927年)中央政府が南京に移り農林省で働く

63歳(1932年)湖南省にて第二回中国武術大会の委員メンバーになる

84歳(1953年)家族に見守られて生涯を全うする。

  • 自然門武術 三代目萬藾聲(マン ライセイ)師父1902年湖北省 武漢市出身北京で杜心五師父から自然門を学びその他の武術家からも学ぶ。

20歳頃(1922年頃) 北京農業大学に入学

26歳(1928年) 南京で行われた武術大会で学者や著名人から見出される。最初の著書、「武術集」を出版、将軍の階級を与えられた初の武術家

50歳(1952年)に福建省委員会に誘われ福建省に移住

84歳(1986年)に福建省武術学院が万師父監修のもと組織し高弟の呂耀鉄(ロ ヨウテツ)が責任者となり多くの生徒を監督指導する。晩年は精力的に講演や更新の育成に励む

91歳(1992年)で死去*偉大な武術家で学者でもあり、道教と漢方薬の専門家以上でした「武術教育を通して国を救う」というアイデアを持っていた。

十虎のうちの一人と呼ばれた伝説的な武術家中野理男、宗 道臣(そう どうしん)日本少林寺拳法宗が萬籟聲老師から学んだと伝えがありますが真相は不明

  • 自然門武術 四代目呂父師(ロ ヨウテツ)師父1949年福建省 福州市出身幼少から萬籟聲師父(バン ライセイ)26年間の長きに渡って自然門武術を学ぶ。

37歳(1986年)萬籟聲師父から正式に独立を許され自然門武術館の設立武術、東洋医学、漢方、長寿学、推拿、陰陽五行、道教など(萬籟聲師父が唯一独立を許した人物)

37歳(同年)福建省武術学院責任者となり多くの生徒を監督指導する

37歳(同年)萬籟聲師父共に日本、台湾、中国の武術文化交流をする

41歳(1989年)福建省の伝統武術を代表して最上級部門で優勝

42歳(1990年)日本に招かれて六合拳の演武し賞賛される

45歳(1993年)中国、香港合同国際武術大会で金メダル5つ獲得

64歳(2013年)交通事故で亡くなる

  • A級国際武術審判
  • 福建省武術議会理事
  • 福建省人体科学協会理事
  • 福建省気功協会理事
  • 自然門武術本部代表 正統四代目
  • 日本自然門武術 林隆志父師 1972年広島県安芸郡出身、2009年福建省で呂父師から武術の本質および自然門武術を学ぶ。

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2022/08/29 07:55 UTC (変更履歴
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