
子役として劇団若草(太田博之と同期)で活躍した後、金語楼劇団に入り喜劇を志す。ジェスチャーに出演する柳家金語楼に鞄持ちとしてついていったとき、ジェスチャーの共演者でもある日活のプロデューサー・水の江滝子にスカウトされ、1961年、日活に入社。以降、青春映画に多数出演し、吉永小百合、松原智恵子らと「日活三人娘」として絶大な人気を誇った。中でも、1963年上映の映画『非行少女』(浦山桐郎監督)の主演での演技力が認められ、エランドール新人賞や、ソビエト連邦時代のモスクワ映画祭金賞などの表彰歴を誇る。モスクワ映画祭では審査員を務めたフランスの名優ジャン・ギャバンも「この子はすごい」と語った。同じ日活の山内賢とのデュエット曲『二人の銀座』『東京ナイト』も大ヒットした。1978年には土曜ワイド劇場「女教師」にて同番組唯一のレイプシーンを演じた。
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