
ドラマーから出発し、1967年にはザ・ストゥージズ(意:バカの集まり)を結成、ボーカリストとなる。1969年、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを脱退したばかりのジョン・ケイルのプロデュースでデビューアルバム『イギー・ポップ・アンド・ストゥージズ』を発表。荒削りなギター、衝動的なボーカルは当時のサイケデリック・サウンドへのアンチテーゼであり、MC5とともにパンク・ロックの先駆けとなった。ストゥージス時代のデビューアルバム、2nd『ファン・ハウス』(1970年)、ベーシストが脱退したためギタリストのロン・アシュトンがベーシストに転向し、新たなギタリスト、ジェームズ・ウィリアムソンを迎え、全曲ウィリアムソンが作曲し、デヴィッド・ボウイがミキシングした3rd『ロー・パワー』(1973年)(旧邦題:淫力魔人)の3枚はパンクロックの名盤として多くのアーティストに影響を与え続けている。またイギーは、ステージ上で嘔吐したり、ナイフで己の体を切り刻んだり、裸でガラス破片の上を転げまわって血まみれになったり(そのまま救急車で搬送される)といった奇行を繰り返し、過激で暴力的なロックミュージシャンとして悪名を馳せる。しかし1974年にメンバーの薬物中毒などで、バンドの活動は中止に追い込まれた。
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