【インタビュー】大友克洋「童夢」に影響を受けた北欧サイキックスリラー「イノセンツ」 無垢な子どもが善悪を知る前の残酷さ

2023年7月28日 09:00


「童夢」は、「大人には分からない子どもだけの秘密の世界がある点が、非常に独創的」
「童夢」は、「大人には分からない子どもだけの秘密の世界がある点が、非常に独創的」

退屈な夏休み。巨大な団地。大人たちの目の届かないところで、子どもたちが隠れた力に目覚めようとしていた……。北欧発のサイキックスリラー「イノセンツ」が、7月28日から公開される。ヨアキム・トリアー監督作「母の残像」「テルマ」「わたしは最悪。」などで共同脚本を手がけ、本作が長編監督2作目となるエスキル・フォクト監督に、話を聞いた。(取材・文/編集部)

※本記事には、映画のネタバレとなりうる箇所があります。未見の方は、十分にご注意ください。

物語の舞台は、ノルウェー郊外の住宅団地。夏休みに親しくなった4人の子どもたちは、密かに不思議な力に目覚める。近所の庭や遊び場で新しい力を試すなかで、無邪気な遊びがエスカレートし、奇妙なことが起こり始める。

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――大友克洋さんの漫画「童夢」にインスピレーションを受けたと伺いました。同作への思い入れや、どのように本作に影響を与えたのか、教えてください。

「童夢」を初めて読んだのは、まだ私が若かった1990年代の頃で、きっかけは大友監督の映画「AKIRA」を見て、漫画を読んだことでした。彼のほかの漫画の英訳版がないか探して、「童夢」を見つけたのです。素晴らしい作品だと思いました。なぜ映画化されないのだろうと思ったくらいです。「AKIRA」は壮大な物語で、1本の映画にするには大変であると考えると、「童夢」は映画化するのにぴったりの作品だと思いました。

そこから何年も経って、ヨアキム・トリアー監督と、「テルマ」という超能力が登場するホラー映画を作ることになり、ふたりで自身のルーツに立ち帰ろうと話して、例えばスティーブン・キングの小説など、若い時に感化された作品を見返しました。その時に「童夢」も読み返し、昔よりもさらに大きな衝撃を受けたのです。なぜなら私が父親になったからです。子どもが危険な目に遭う点に加え、大人には分からない子どもだけの秘密の世界がある点が、非常に独創的だと思いました。父として、日頃は子どもを愛しているけれど、息子が見ている世界を理解できない自分を感じていたからだと思います。

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子どもの世界には魔法があり、何でも可能なのです。言葉で表現できなくても、強い感情を抱えていて、それが毎秒変わる。大人とは全く違う世界です。そこで、そんな大人には分からない子どもだけの世界で起こる物語を映画にしたらどうかと思ったのです。「童夢」はそんなテーマを表現する上で指針となりました。特にクライマックスシーンが素晴らしいので、今作でも参考にしました。誰にも気付かれないだろうと思ったのですが、こうして日本公開が決まってしまったので、皆にバレてしまいますね(笑)。日本の皆さんが気に入ってくれることを願います。

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――フォクト監督は、「善悪の概念を超えている、もしくはそれよりも前に存在している」子どもたちの世界を描こうとした、とおっしゃっています。

すごく大事にしたことは、悪の子どもを絶対に作らないことでしたが、難しかったです。特にホラーやスリラー作品を作る時は、「~ホラー」というサブジャンルをつけたがる人が多く、「怖い子どもが出てくるホラー」では大抵の場合、「悪魔の子ども」「何かに取り憑かれている子ども」が絶対悪として描かれている。でも私は絶対悪を信じていないので、ジャンル映画として成立させるにはどうしたらいいか、悩みました。

ホラーやスリラー映画には、何らかの「悪い力」が決まって登場します。スティーブン・キングの小説もそうです。呪われた家に引っ越してきた家族や、邪悪な霊に取り憑かれた人形を手に入れた話の方が作りやすい。でも私は「悪」というのは、我々のなかの制御すべきある種の衝動を表す言葉で、誰もが持っているものだと思っています。

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――絶対悪を作り出さず、子どもを含め誰の心にも潜む衝動として、悪を描かれたのですね。

子どもはまだ発達途上なゆえに、大人だったら悪意があると思われる行動も、一概にそうとは言えません。今作では、そこに注目しました。いろんな人と話してみると、皆が子どもの頃に、何かしら悪いことをやったという記憶がある。動物を傷つけたとか、ほかの子どもに意地悪をしたとか、きょうだい同士だとなおさらそういう体験がある。なぜそういうことをやってしまうのか……要するに、成長過程の一部なんです。子どもは、親から「これは正しい、これは間違っている」という道徳観念を学んでいきます。その過程で一度は、親に「やってはいけない」と言われたことをやってみたいという衝動に駆られるのです。それが本当にダメなことなのかを試してみたいのです。

間違いをせずに生きるのは無理です。ですから、劇中では、その間違いを否定していません。一見危険な行動をとる子どもも、育った環境に恵まれなかったり、衝動や怒りを抑えられなかったりしただけで、生身の人間なのです。子どもたちが悪いことをたくさんするため、「イノセンツ」というタイトルに皮肉をこめていると思う人もいますが、私はそうは思いません。私はある意味、彼らは非常に純粋なんだと思います。

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――子どもたちが触る砂、森に差し込む光、怖い夢を見そうな寝室の暗闇など、ストーリーだけではなく映像からも、子どもの世界を描くという意図を感じました。ビジュアル面でのこだわりも、教えてください。

撮影監督と話して、怖い映像よりも、童心に返ったような映像を優先すべきだと言いました。ほぼ日中、太陽の下で何かが起こる恐ろしい映画を作ったのです。暗闇を使って人を怖がらせるのは簡単ですが、私たちは、美しい夏の純粋な子どもの世界を描きたかったのです。子どもはいろいろなものに触れて、周りの世界を体験するので、そういう場面のアップをたくさん取り入れました。指先がものに触れる瞬間や、かさぶたをひっかいて口に入れる瞬間など。そうすることで、観客が子どもの頃に得た感覚を思い出すんじゃないかと思ったのです。

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――子どもたちが超能力を使うシーンが、団地という日常的な場所であるがゆえに、現実に起こりそうな、恐ろしく、かつ厭な雰囲気に仕上がっていました。

子どもには、我々が超常現象だと思うものでも、素直に受け入れる柔軟性があります。毎日新しい発見があって、周りの世界が常に進化しているのです。例えばある子どもが、別の子どもに念動力を見せると「うわぁ、すごい!」となりますが、次の瞬間にはもう別のものに意識がいっている。彼らにとっては、そんな不思議な力も、可能性に満ちた世界の一部でしかないのです。

撮影するにあたり、特殊効果を使用しながら、不思議な力を等身大のものとして描くことが大事でした。彼らが指で触れられるもの。大きな爆発など、一大スペクタクルの特撮ではなく、同じくらい不思議なんだけれど、通りすがりの大人が気付かないくらいの規模のもの、でもものすごくリアルで、観客にはしっかり見えて伝わるものを撮りたかったんです。

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――キャストの4人の子どもたちは、どのようなポイントで選ばれたのでしょうか。

1年以上かけて子どもたちを探したのですが、その際に、キャスティング担当者から「どれくらい柔軟に考えているか」を聞かれたのです。彼女はこれまで、監督が見た目にこだわり過ぎて、一番演技ができる子どもが選ばれなかったケースを何度も見てきたと。だったら、「こういう子どもがいい」という先入観を持たずに、6カ月オーディションをして、性別や人種に関係なく、一番上手い、面白い子を探そうということになりました。

脚本を書いた当初は、自分の子ども時代を思い出しながら書いたので、主人公はノルウェー人の少年で、兄弟という設定でした。残りのふたりも、同じ団地に住む白人の子どもたちでした。それが、オーディションの結果、兄弟が姉妹に変わり、残りのふたりの人種背景も変わりました。キャスティングの際にこだわったのは、大人の心を動かすくらい説得力のある演技や感情表現ができて、それぞれの役の内に秘めた心理を表現できる演技者であることです。

インタビューに応じたエスキル・フォクト監督
インタビューに応じたエスキル・フォクト監督

――実際に子どもたちと接するなかで、脚本やキャラクターのヒントになったことはありますか。

なかなか良い質問ですね。彼らからは多くのことを学びました。キャスティングのとき、演技をする上で欠かせない、想像力が豊かな子どもを探しました。そこで彼らに、ふたりの子どもが森に入っていく写真を見せて、「何が起きていると思う?」「何でも好きに話を作っていいよ」と伝えました。そうした作り話から、その子が育ってきた環境が分かるのですが、厳しい環境で育った子もいて、大変な思いをしているんだと痛感しました。子どもたちは、自分が生きている環境に疑問を呈することなく、現実をそのまま素直に受け入れます。安全なノルウェーのような国のそれなりに裕福な家庭で育っても、子どもはいろんな問題や悩みを抱えています。

子どもたちとの触れ合いで楽しかったことのひとつに、撮影が終わった時に、今度は彼らがカメラを持って、私が出演する短編映画を撮りたいと言い出したのです。彼らが脚本・監督を担当して、私と一緒に出演した短編映画で、彼らなりの私への復讐でもありました。私に与えられた役は、子どもたちにひどい仕打ちをする孤児院の意地悪な院長で、ナッツのアレルギーを持っていて、最後は食事にナッツを入れられて、下痢で死ぬという話でした。いまのところ公開予定はなく、私は永久にお蔵入りになることを願っています(笑)。

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――劇中の子どもたちは皆、それぞれの家庭事情や問題を抱えています。どのようにキャラクターを造形されたのか、教えてください。

閉ざされた子どもだけの世界で起こる物語を描く際に、何があっても、私は子どもたちの味方でなければいけないと思いました。子どもたちは間違っておらず、悪いのは親だという視点です。本作は、さまざまな親による、度合いの異なる育児放棄の話でもあります。どんな家庭でも、子どものニーズに全て応えることはできません。主人公・イーダの場合、母が重度の自閉症を抱える姉にかかりきりで、彼女は自分の力でやっていくしかない。子どもにとっては、かわいそうな状況です。

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私のなかでのイメージですが、アイシャは、ソマリア人の移民の母がいて、ノルウェー人の父が最近他界したばかり。その死と悲しみが、家庭に重くのしかかっています。母は、劇中では最も愛情を持った、思いやりのある親ですが、喪失で悲嘆に暮れ、またシングルマザーになって、家庭を支えるために働かなければならなくなり、苦労しています。夜も働きに出て留守も多いけれど、娘をとても愛していて、愛情も示しています。

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対するベンは、全く違う家庭環境に置かれています。父は家を出ていってしまって不在。ベンを演じたサム・アシュラフには、「父は恐らく母に暴力をふるっており、ベンはそんな父と似ている。だから母は彼に対立感情を示している。だから彼女は、劇中では最もひどい親だろう」と、背景を伝えました。

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物語の視点としては、常に子どもたちの味方で、彼らのとる行動には、家庭環境が大きく影響しています。ベンの場合は、育児放棄に加え、母から言葉で虐待を受けていることも匂わせています。身体にアザもあるから、身体的虐待も受けている可能性がある。それゆえに、彼はあの年齢になっても、他人の気持ちを理解する共感力が身についていないと分かるのです。共感力が全くないわけではなく、子どもの場合、共感する相手を選んでいる。ものすごく優しく思いやりを見せる瞬間もあれば、全く見せない時もあり、彼がまさにそんな部分を表現しています。そうした子どもたちの設定を匂わせるヒントが、各所にちりばめられていて、それらをもとにどう解釈するかは、観客次第なんです。

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