【中国映画コラム】興収500億円のメガヒット作「薬の神じゃない!」製作秘話 目指したのは“疲れない映画”

2020年10月25日 11:00


「薬の神じゃない!」
「薬の神じゃない!」

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数279万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!


公開3日間の興行収入は9億元(約146億円)、最終興収は30億元(約500億円)――2018年の夏、中国映画市場をある映画が席巻しました。その作品は「薬の神じゃない!」(日本公開中:2020年10月23日時点)。ベースとなったのは、14年に中国で実際に起こり、医薬業界に改革をもたらした事件です。社会現象を巻き起こした本作は、中国映画史に間違いなく残るでしょう。また興収、作品のクオリティだけでなく、検閲が厳しい中国の現状にギリギリまで迫り、社会へメッセージを発信したという姿勢を最も評価すべきです。

当コラムでは何度も言及していますが、中国では現代社会を批判する内容は、上映どころか、撮影の許可すらおりません。本作の上映前には「上映中止になるかも……」という噂がささやかれました。ところが、この逆境を乗り越えた「薬の神じゃない!」は、李克強首相、国営テレビ「CCTV(中国中央電視台)」にも絶賛される結果に。今回は、主演のシュー・ジェン、プロデューサーのニン・ハオ、監督のウェン・ムーイエのコメントとともに、本作の魅力を説明しましょう!

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プロデューサーのニン・ハオは、06年に監督作「クレイジー・ストーン 翡翠狂騒曲」を大ヒットさせた後、中国映画界の最前線で活躍し続けています。14年には「心花路放(原題)」(英題:Breakup Buddies)が中国国内で興収11億7000万元(約182億2000万円)を記録。同年の中国国産映画興行収入1位となりました。さらに、19年の監督作「瘋狂的外星人(原題)」(英題:Crazy Alien)では22億1000万元(約353億6000万円)、共同監督作「愛しの母国」は31億7000万元(約507億2000万円)を稼ぎ出し、急成長した中国映画市場のヒットメーカーのひとりとなりました。

ニン・ハオ
ニン・ハオ

また、映画プロデューサーとしての一面も、かなり評価されています。特に新人監督の育成に力を入れていて「七十二変青年監督計画」というプロジェクトを立ち上げました。「薬の神じゃない!」は、「七十二変青年監督計画」による第2弾作品なんです。作品全体の企画、新人監督だったウェン・ムーイエの発掘――“全てはニン・ハオから始まった”と言えるでしょう。

ニン・ハオ「数年前、脚本家のハン・ジャニョ(韓家女)さんから、ある脚本を貰いました。実在の話に基づいた脚本でした。とても良い話で感動的な部分があると思ったので、映画にしようと決めました。最初は自分で撮ろうと思いましたが、当時は他の作品(『瘋狂的外星人(原題)』)に集中していましたし、同じタイミングで『七十二変青年監督計画』を通じて、ウェン・ムーイエ監督と知り合ったんです。彼には才能があると判断して、この映画を任せようと考えました」

ウェン・ムーイエ監督「15年頃、ニン・ハオさんと火鍋を食べていた時、この映画を企画することになりました。当時のタイトルは『生の路』でした。その後の2年間、僕は脚本家と一緒に脚本を開発して、時々ニン・ハオさんと会って、進捗を確認してもらっていました。ニン・ハオさんとの仕事では、たくさんの経験をし、多くのことを学べました」

ウェン・ムーイエ監督
ウェン・ムーイエ監督

長編初監督作品ながら、ベテランのニン・ハオとシュー・ジュンは、ウェン・ムーイエ監督の才能を絶賛しています。

ニン・ハオ「彼が書いた脚本は、出来が良く、深く掘り下げたものでした。人物の特徴と感情表現が繊細。そして、豊潤でしたね」

シュー・ジェン「優秀な監督です。自分の考えをしっかりと作品に取り入れ、OKテイクが出るまで、何度も撮り続けます。そのこだわりと集中力は本当に立派です。だからこそ、私も最高のチョン・ヨン(主人公)を演じなければなりませんでした」

シュー・ジェン
シュー・ジェン

シュー・ジェンは、ニン・ハオと同じく、中国映画界の最前線で活躍している人物です。12年、プロデューサー、監督、主演を兼任した「ロスト・イン・タイランド」は、中国国産映画として初めて10億元(約160億円)を超えた作品に。その後、大ヒット映画を続々と世に放ち、ジャ・ジャンク―監督作「帰れない二人」のようなアート映画にも特別出演しました。シュー・ジェンは、今の中国映画界の“顔”なのです。

ウェン・ムーイエ監督「初めにシュー・ジェンさんのことを知ったのは、俳優としてです。なので、僕のなかでは、彼は中国の優秀な俳優。演技がとても安定しています。主人公のキャラクターについての議論、たくさんの練習や本読みを経て、彼は僕のなかの主人公像を完全に再現してくれました」

本作が中国でメガヒットした理由はなんでしょうか? もちろん中国国内では珍しい社会派作品だからという点もありますが、それだけではありません。常にエンタメ作品を作り、大ヒットさせてきたニン・ハオシュー・ジェンだからこそ、さまざまな趣向を凝らしています。そして、ウェン・ムーイエ監督も、その点をきちんと意識していたんです。

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映画の原案となったのは、通称「陸勇事件」。「陸勇という慢性骨髄性白血病患者の男が、インドから安価な抗がん剤を購入。同じ病状に悩む患者たちに薬を販売」というものでした。映画では“エンタメ的”にするため、主人公の設定を改変。「男性向けのインドの強壮剤を販売する店主」「家賃も払えず、妻にも見放される」という要素が加わり、「白血病患者ではない」という形になっています。

ウェン・ムーイエ監督「陸勇は白血病患者でしたが、チョン・ヨンには“持病がない”という設定にしました。こうすることで、映画の前半パートでは、主人公は普通の人間として患者たちと接することになります。観客としても、ある意味リラックスしながら鑑賞することができるんです。つまり、負け組のおじさんの視点から患者を見ることになる。同時に物語の前半と後半の変化を際立たせることができます。後半の感動的なシーンの強度が増しますし、前半を面白くする方法でもあります」

さらに、チョン・ヨンには4人の仲間が加わっています。偽薬密輸を依頼する白血病患者、患者が集まるネットコミュニティの管理人、中国語なまりの英語を操る牧師、不良少年。まったく性質の異なる4人が、ジェネリック薬の密輸・販売に手を染めていくんです。

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ウェン・ムーイエ監督「映画を作る際、3つの要素を重視しています。社会的な要素、人の心に刺さる要素、そして、エンタメ的な要素。実在の事件には、既に十分な社会的要素が備わっていました。人の心に刺さる要素は『人間』『希望』『』から絞らないといけませんでした。最後はエンタメ的な要素。最初から最後まで映画を観てもらうためには、観客を疲れさせない必要があります。つまり“疲れない映画”。そうすることで、社会的、もしくは感動的な要素が伝わりやすくなる。要素のバランスは、最初からずっと模索していました。結果的には、良いバランスを保てたはず。エンタメ的でありながら、それが社会的要素に悪影響を及ぼさず、最後の最後で人を感動させる作品になったんです」

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今回の取材で印象に残ったのは“疲れない映画”という言葉。常に観客の視点から作品を考えること、その大切さを改めて考えました。政府批判に傾倒せず、エンタメ表現によって社会を良い方向に導いたという点も素晴らしいと思っています。

そう言えば、インタビュー時には、こんなことがありました。「政治関連の質問はNG」は予測していたんですが、まさかの「韓国関連の質問もNG(限韓令との関連あり)」というルールも……。これにはかなり驚きました。相当厳しい制約があったようです。そんな状況にもかかわらず、中国本土で上映され、さらにメガヒット。歴史に残る1作でもあり、奇跡の1作とも言えます。

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厳しい検閲のもと、中国の映画作家たちはギリギリまで粘り、観客に喜びを届けています。「薬の神じゃない!」のような社会派エンターテインメントは、これからどんどん出てくるでしょう。今年のベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で上映され、トロント国際映画祭でも話題となった「不止不休」(ワン・ジン監督作)は、既に“「薬の神じゃない!」の再来”と称されています。同作は、第21回東京フィルメックス(10月30日~11月7日)でも上映されるので、是非チェックを!

最後に、私が企画・プロデュースを務めているWEB番組「活弁シネマ倶楽部」では、今回「薬の神じゃない!」のウェン・ムーイエ監督、ニン・ハオのインタビュー番組(https://youtu.be/gavXnjnqqb0)を制作しました。製作の経緯から、中国での大ヒットまで、たっぷり語っていただきました。よろしければご覧ください!

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