劇場公開日 2023年6月2日

「原作・河林満、髙橋正弥監督、姉役・山﨑七海を覚えておきたい」渇水 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5原作・河林満、髙橋正弥監督、姉役・山﨑七海を覚えておきたい

2023年6月3日
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鑑賞方法:試写会

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1950年福島県いわき市生まれ、58歳で脳出血により亡くなった作家・河林満の名を今回初めて知った。1990年に発表された「渇水」は文學界新人賞を受賞し、芥川賞候補にもなった。河林のプロフィールを見ると、やはり没後に小説が映画化されて再評価がすすんだ佐藤泰志(「海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」など)と共通項が驚くほど多い。佐藤は1949年函館市生まれなので河林とほぼ同世代。佐藤は80年代に東京都国分寺市で暮らし、河林は都立立川高校を卒業したのち立川市の職員として27年間勤めたという。そして本作にも関わる重要なポイントは、バブル景気の80年代を東京で過ごしながら、その眼差しを社会の底辺でもがく人々に向け、非力ながらも寄り添おうとする心情を小説に込めたことだ(不遇の思いに苦しむ自己を作中の人物に投影してもいただろう)。

2008年に他界した河林の友人から映画化を持ちかけられたのが髙橋正弥監督。水道料金滞納者役でワンシーンに出演している宮藤官九郎の監督作「TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ」など多数のメジャー作品で助監督を務め、自らメガホンをとったのはこれが3作目のようだ。小説から結末を変更することを原作者の遺族に了承してもらい、脚本作りは及川章太郎に託し、その脚本の評判を聞いていた白石和彌監督が自身初の企画プロデュースとして関わったことで資金調達、製作に至ったという。

時代設定は現代に置き換えられている。日照り続きの夏、給水制限が発令された地方都市で、水道局職員の岩切(生田斗真)は料金滞納世帯を訪問して“停水執行”を実施。月数千円の支払いにも苦労する貧しい住民たちから恨み節をぶつけられ、平静を装っているがストレスはたまる一方だろう。岩切の後輩で停水執行対象の家庭を一緒に巡る木田を演じているのは磯村勇斗。磯村が「PLAN 75」で演じた市職員も、高齢者に“死を選ぶ制度”を推奨する自分の仕事に疑問を感じるという、本作と似た役どころだった。

「渇水」という題名には、第一義の「雨が降らずに水が枯れること」のほかに、心の渇き、内面の渇望の意味も込められている。心をうるおすものは、家族の愛や、人間らしいつながりだろうか。実際、岩切は妻子とうまくいっておらず、別居生活が長く続いている。岩切の妻を演じるのは尾野真千子。本作と同日公開の「怪物」でカンヌの脚本賞を受賞した坂元裕二によるオリジナル脚本の2010年のドラマ「Mother」では、尾野が幼い娘(芦田愛菜)をネグレクトするシングルマザーを演じていた。「渇水」で門脇麦が演じる2人の娘の母親・有希に似た役どころだ。

30年以上前の小説が見据えた貧困と渇望が、似たような設定を含む諸作で繰り返し描かれ、それでもいまだに切実な問題であり続けている。徒労感にとらわれそうになるが、目をそらしてはいけない。焼け石に水でも、「しょぼいテロ」でも、見て見ぬふりをするよりはきっといいというメッセージを受け止めたい。

有希の長女・恵子役は山﨑七海。冒頭、水の抜かれた市営プールで妹と水泳やシンクロの真似をして遊ぶシーンにぐっと心をつかまれた。2017年の「3月のライオン」で清原果耶を初めて認識した時と同じくらいのインパクトだ。現在14歳だそうで、5年後くらいには清原と同様に世代トップクラスの女優になっている予感がする。

高森 郁哉