劇場公開日 2021年5月28日

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「信州小布施/曹洞宗岩松院の肉筆/北斎の鳳凰」HOKUSAI きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0信州小布施/曹洞宗岩松院の肉筆/北斎の鳳凰

2024年4月22日
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鑑賞方法:DVD/BD

DVDにて鑑賞。
レモンブルーさんの「レビュー」を先に読んだので、映画館に行けなかったことを惜しむ気持ちは消えたけれど。

葛飾北斎の浮世絵については、
たまたまあちこちの画廊などで、有名な刷り物を見ることはあっても、どう言えばよいのだろうか、こちらの感性のレシーバーの周波数が合っていなかったのか。感心こそすれ、それほどまでは惹かれるということもなかった僕だ。

そんな僕が、期せずして出会ったのが、表題に掲げた小布施の古刹の天井画だった。

前任地で大変な失敗をして、逃げるように退職し、少なからぬ傷も負い、あの日は、僕は療養の日々で、冬の北信州をさまよっていた。
そしてたまたま雪の舗道を歩き、徒歩で行き着いたお堂だった。

シーズンオフの平日の昼間だ。
観光客もほとんどおらず、真四角の畳の間に、真ん中に陣どって仰向けに横になる。

疲れていた。
目を閉じていた。
しんしんと冷える極寒の御堂だった。

こんなにも不便で、信濃の國の辺鄙な村に、
何ゆえに北斎翁は、江戸から250キロもの旅を押してやってきたのだろうか・・

画家の「経歴」や「プロフィール」を学習熟知してから作品に触れるのも良いけれど、
ほとんど何の予備知識もなく、ましてやそのお寺に北斎があることさえまったく知らずに、対面した天井画だ。

鳳凰が僕の目を見つめ、僕が鳳凰の目を見つめる。

視界が全部鳳凰だ。

「・・・」

巨大な鳳凰の渦が、もの凄いエネルギーを放って、僕を畳から中空に浮かび上がらせる。

やおら三半規管が回り出し、重力が逆さに逆転して、宇宙から鳳凰を真下に見下ろしているかのような不思議な錯覚が起こる。

非接触充電を受けたような心持ちだ。
「いいものを見た」と思って、歩いて帰った。

― あの体験があるから、
映画化に多少の誤表現があっても、僕はそれほど腹は立たなかったのかもしれない。
「作品=作者との出会い」が先にあったからだ。

葛飾北斎最晩年の大作
「八方睨み大鳳凰図」。完成は嘉永元年(1848)、北斎89歳。

どなたかのレビューに
「役者田中泯に北斎の版画を貼りめぐらした舞台で、彼にコンテンポラリーダンスを踊らせたほうが、北斎の真実に迫ったのでは」というレビューが。なるほどとても面白い。
至極納得だ。

北斎は、
正気とか、正論とか、正確性とは反対側のものを呼び起こす絵だ。

・ ・

前任地を退職することになったのは・・ 、
あれは小生が社内誌に描いたひとつの似顔絵のせいだった。
みんなが面白がってくれるかと思いきや、おふざけが大問題となって、親友を深く傷付け、僕は責任を取って辞表を提出。追われるようにその土地を離れたのだった。

僕ごときを、「浮世の絵」を生涯懸命に描いた老人にた比べるのはおこがましいのだが、
あんなつまらない絵を描いた小男にさえ
「よく来た」と、鳳凰から言ってもらえた気がした。

◆◆◆

きりん
きりんさんのコメント
2024年4月22日

asicaさんへ

映画冒頭の吉原の夜 ―
あの通りの、店の障子から漏れる 灯りと ベンガラ格子は、監督は、娘お栄の傑作「吉原格子先之図」のイメージを確かに使っていますね。
asicaさんこんばんは、お元気ですか。
asicaさんのコメントを読んだので、このDVDを借りました。
お栄のことも教えてもらってありがとうございます。
お栄のこの絵にも腰を抜かしました。
父、母、娘の、いい映画でした。
大田記念美術や、深川、そしてもちろん すみだの方にもいつか行ってみたいです。
レビューアーたちの採点には、この映画の出来についての、厳しいもの、辛口のものもありますが、それは、とりも直さず葛飾北斎が“我々の身内"だから。
身内だから、愛されているから。だからこんなにも厳しくなってしまうのだと、僕は思った次第。
原作者たちが「史実に忠実」とか言わずに「新作の横文字『HOKUSAI』です」と言ってりゃレモンブルーさんの逆鱗にも触れなかったろうに(笑)

きりん