劇場公開日 2020年7月17日

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劇場 : インタビュー

2020年7月15日更新

行定勲×又吉直樹×山崎賢人劇場」から見出した、それぞれの誠実

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又吉直樹が手がけた恋愛小説を行定勲監督のメガホンで映画化した「劇場」が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で公開延期となっていたが、いよいよ封切られる。それも、7月17日に全国のミニシアターを中心とした劇場公開とともに、同日からAmazon Prime Videoで全世界独占配信という形で。映画.comでは公開延期が発表される以前の3月、主演の山崎賢人を含めた3人にインタビューを敢行。空白期間は3カ月以上に及んだが、3人が今作に注いだ純粋すぎるほどの熱情は、誠実という言葉に置き換えることができるものだった。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)

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本来ならば、4月17日に公開されるはずだった「劇場」は、前衛的な作風が理解されず劇団「おろか」が開店休業状態の脚本家兼演出家の永田(山崎)と、女優になる夢を抱きながら服飾系の大学に通う沙希(松岡茉優)の恋愛模様を軸に、理想と現実の間で苦闘する表現者の葛藤を描いている。取材当時、3人とも現在の興行形態に着地するとは考えてもいなかったはずである。だからこそ浮き彫りになってくるのは、立場の異なる行定監督、原作者の又吉、主演の山崎の3月時点でのそれぞれの発言がどこまでも作品ファーストで、嬉々とした面持ちで語り合っているということ。それは、今作のメガホンを熱望したという行定監督の第一声からうかがえる。

「又吉さんは下北沢に住んでいたからこそだと思うのですが、原作を読むとリアルな道とか劇場名が出てくるわけですよ。下北沢という場所の匂いがこんなにも脳裏に浮かぶのだから、映画にしたときに『劇場』は嘘をつきたくないと思ったんです」

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言うは易く行うは難し。だが、実際にやってしまった。「劇場が空くことはないんですよ。ましてや、映画の撮影のために貸す時間なんて、どこの劇場にもない。だから予算はかかってしまうけれど、再現しないといけなかった」。行定監督は2007年から舞台演出を手がけており、その重要性が肌身に染みて理解できるからこそ「似たようなところでやればいいじゃないかという考えでは、絶対に出来ないということを制作部に理解してもらわないといけなかった」と振り返る。

それだけに、劇中に登場する全ての劇場を採寸し、スタジオにセットを組んでいる。それは、傾斜から電気の配電盤まで細部にいたり、セットを訪れた演劇関係者が「まるで本物」と驚くほど。そこまでこだわったのにも根拠があり、「永田のような人間は、下北沢には吐いて捨てるほどいるわけです。僕の知っている人たちも作品を見て、『これは俺の話だ』と口々に言っている。そういう人たちが、OFF OFFシアターにも駅前劇場にも(小劇場)楽園にも立っているわけだから劇場の中は一番重要だった。天井の高さも含め、寸分違わず完璧に再現しました。タイトルが『劇場』ですから、劇場に嘘をつくわけにはいかなかった」と明かす。

又吉も、行定監督の説明に強くうなずく。「下北沢界隈で演劇を見ている人やと、どの劇場でどれくらいの公演をやっているとか、その劇団がどういう位置づけで、どういう雰囲気なのかというところまでだいたい想像できてしまうというのもありますもんね」。

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作品を象徴するセリフ「一番会いたい人に会いに行く。こんな当たり前のことがなんでできなかったんだろう」が良い例だが、又吉作品は読み込んでいけばいくほど行間からにじみ出てくるものが実に映像的だ。今作を執筆するきっかけとなったのは、演劇に向き合う人たちの純粋さに惹かれたからだという。原作者として完成した作品を見たとき、映画化されたからこそ感じ取った新たな気づきがあったようだ。

「小説を書いているときは永田の視点になっているので、永田自身にすごく共感している部分があるんです。だから読者に『永田ひどい!』と言われても、『いやいや、永田は永田なりにしんどいことがあってこういう行動に出ている』という気持ちになって、常に永田の味方でいられたんです。ただ、映画だと当然ながら永田の姿も見えてくるわけじゃないですか。みんなが言っている気持ちも『なるほどなあ』とわかってきた。僕はいつまでも永田の味方だし、沙希の味方であるということは絶対に変わらないのですが、みんなが指摘する永田のひどさは映像でこそ理解できましたね」。

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そんな永田に息吹を注ぎ込んだ山崎は、ボサボサ頭に無精ひげをたくわえて撮影に臨んだが、特筆すべきはビジュアル面ではない。これまでに見たことのない山崎が劇中を“生きて”いたことが、誰の目にも新境地開拓と映るはずである。

「(演劇人としての)永田に共感する部分はたくさんありましたけど、それを自分の経験則で思ったままやってしまうと、永田ではなく山崎賢人になってしまうと思ったので、監督に話を聞きながら作っていきました。ただ、完成した作品をいざ見てみると、永田ってひどいですね(笑)。撮影中は、語弊はありますけど永田の気持ちがわかると思ったこともありましたし、心が痛くなる瞬間もいっぱいありました。でも、バイクを自分でボコボコに壊しておいて、コルセットを巻いて部屋にいるところとか笑っちゃいますよね。又吉さんが書かれているユーモアみたいなものは、そのまま出せたらなあと思ってやっていたんです。クリント・イーストウッドの話でケンカをしているところとか、普通だったら途中でちょっと笑いになるくらいのワードなのかなと思うんですが、それすら笑えない関係になっちゃっている苦しさというのが本当にリアルですよね」。

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行定監督も笑いながら、「小説は一人称でしたが三人称になる映画の特性ですね。僕も原作を読んで『何がひどいの?』と思った。むしろグッと熱くなるものばかりで。でも完成した本編を見ると、確かにこいつはクソだなあと思う瞬間もあった。作っているときもクソだなんて思ったことはなくて、完成してみて初めて気づくんですよね」と言葉を引き継ぐ。

ひとしきり永田という人物について語り合ったうえで、山崎は永田を通じて発したあるセリフを挙げる。「『演劇だったら全部できる』という言葉には共感するんです。演じるとかじゃないなあって。日常も、演劇も、演じるということも全て同じこと。客席に届けるということを考えたとき、セリフも同じことですがシンプルなことをきちんと言うということが伝わるんだと思いましたね」。

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筆者から見ても永田はどうしようもない男だが、過去の交友関係を振り返ってみたときに何名か、永田を想起させる人物に思い当たる節がある。偶然かもしれないが、その横には献身的に支える沙希のような恋人が付かず離れず……。劇中で沙希が永田に「ここが一番安全な場所だよ」とささやくが、実際に自分の周囲に沙希のような存在がいたら、3人はどう振舞うだろうか。

又吉「自分の状況にもよると思うんですが、若い頃だったらやっぱり頼ってしまうかもしれない。今の僕くらいの年齢になると、こういう人こそ一番幸せになってもらわな困るというか。そういう役回りがそのタイミングで来てしまって、周囲のことを考えて動けてしまうという人には、出来るだけそんな思いをせずに……、というのも変な話ですが(苦笑)。沙希はその瞬間、自分から何かが奪われているとは思っていなかったわけですしね。とにかく応援したいという気持ちですかね」

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行定「僕は又吉さんより年長なのに……、頼っちゃうでしょうね(笑)。頼るというか、一番大切な人を一番傷つけている気がする。傷つけるくらいその人に踏み込めているのか。自分の心情としては、大切にしなきゃって思った瞬間に距離を取っている時点で、大切にしていないと感じてしまうんですよ。又吉さんは『劇場』でセックスとか性的なものを書いていない。文学的に書いてもいいわけじゃないですか。長く付き合っているし、ないと変なんだけど、それが書かれていないことがすごいと思った。書くのは簡単だし、僕だって描くのは簡単。山崎も言っていたけど、キスもしていない。そうすると、手を握るだけで際立ち方が半端なくなるんです。この2人って、大切な人間に欲望みたいなものをぶつけ切れないんじゃないか?と話し合ったことがある。(本編の描写で)永田は劇場の制作部みたいな女性と寝ているわけですよ。それは、ぶつけられる存在なんでしょうね。そのひどさ、見苦しさ、愚かさ(笑)。こんな顔をしている男だからこそ、どうやって汚そうかと考えて、とっさに付け加えたんです。最悪なやつじゃないですか。良い男であればあるほど、『こいつクソだな』と思える。ただ、永田なりに大切にしているんだよね。又吉さんに聞くのも愚問だけど、部屋にブロック塀を持ち込むところに、この男の特性が見えるというか(笑)」

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又吉「やましいことがあると(笑)」

行定「反省しようとしているのか、忘れないようにしているのか(笑)。あのセンスがすごいです。大切にするということの度合いが、反省も目に見えるように重ねていることなのかなと理解したんですよ。全身全霊で愛してこそ踏み込めるから、傷つける方にまでいってしまう」

又吉「そのジレンマは、ありますよねえ」

山崎「僕も沙希ちゃんみたいな存在がいたら、甘えちゃうかもしれません。心を許しているからこそ、嫌われるようなことをして、どこまで許してくれるんだろうって(笑)。ほかの人にそんな事をしたらダメなことでも、許してもらえるギリギリのところまでやってみて、本当にやばそうになったら誤魔化す……。梨と光熱費のシーンとか、強く言えないですよね。強く言ったら本当に切られてしまうという境目を、甘えてやっているんだろうなあと感じていました」

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又吉「あそこ、おもろかったですね。笑ってしまいました」

行定「姑息だよね(笑)」

又吉「沙希の器用さで場が持っただけでしたもんね」

松岡が沙希という役を見事にものにしたからこそ、3人の「永田論」には終わりが見えない。とはいえ、おあとがよろしいようで……。映画館で、自宅で、鑑賞後に大切な人と「永田論」を繰り広げられることは、3人にとっても本望のはずである。

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