葛城事件 : インタビュー
田中麗奈、思いを募らせ「燃え尽きた」赤堀雅秋監督との初タッグ
デビュー当初から注目し続けている役者の、新たな一面が見られた時には格別の喜びがある。「葛城事件」の田中麗奈がまさにそれだ。死刑囚となった青年と獄中結婚する女性という難役だが、直感でキャスティングしたという赤堀雅秋監督の期待と粘り強い演出に応え新たな境地を見いだした。今年2月に結婚。「自分の人生をもう1人生きている人がいる」とエールを送る「女優・田中麗奈」からますます目が離せなくなってきた。(取材・文/鈴木元、写真/江藤海彦)
実は相思相愛で実現した組み合わせだった。田中は、劇作家・舞台演出家である赤堀氏の初映画監督作「その夜の侍」(2012)に衝撃を受け、思いを募らせていたという。
「この組に入りたいって、すごく思ったんですよ。エネルギッシュですごいリアリティだし、人間の呼吸や体温が伝わってくるようで目が離せない、強烈な個性を感じたんです。だから、お話が来た時はヤッタって感じでした」
念願のマイホームを建てた葛城清だったが、理想的な家庭への思いが強いがために封建的となり、長男・保はリストラされたことを誰にも言い出せずに思い詰め、妻は精神を病み、次男・稔は通り魔殺傷事件を起こし、死刑判決を受ける。典型的な家庭崩壊の中、死刑制度反対を唱え稔と獄中結婚する星野順子が田中の役どころだ。自らの作・演出で13年初演の舞台を映画化した赤堀監督はキャスティングについて、主演の三浦友和らと同様、「直感でしかない」と振り返る。
「カタルシスや着地点があるわけでもないので、役者としてはどこに向かって演じたらいいのか数学的に考えると難しい役だと思うんです。どこか新興宗教に盲信しているような気持ち悪い負のイメージだけになってしまってもいけない。どこか説得力を帯びていなければいけないので、感覚的にこの人だったら負の面もそうでない面もお客さんの想像力を喚起できるようなたたずまいができるんじゃないかなって」
順子は稔と面会し、「あなたを愛します」「夫婦になりたいんです」と諭し、葛城家を訪れ清に「家族になりたいんです」と訴える。見方によっては偽善的にとらえられ、共感を得にくいキャラクター。特に彼女のバックボーンが描かれることもないため、アプローチが難しいだろうとは容易に想像できる。
「どこから手をつけようかなって、まず思ったんです。おおっ、難しいぞって。でも、なんだこの面白い脚本はっていうことの方が大きかったですね。まずは、死刑反対に関わっている人たちのサイトを見つけたので、そういう運動をされている方たちの言葉を読んで彼女の信念や目的、生きている世界などを自分の中で膨らませていって、あとは監督とお話しして現場で見てもらって修正したり確認したりという感じでした」
これは脚本を書いている赤堀監督も共通認識で、役者が演じることによって生まれる登場人物の息吹をすくい取ることを重要視した。
「どういう人なんですかって言われても、正直分かっていない部分の方が九分九厘。生身の役者さんが介在することで、机上の空論を押し付けて表層的にやればできるということでもない。田中さんという生身の人間に、僕が考えてきたことを押し付けてもリアリティが出ないこともある。それは現場でどういう人なんだろうと常に考えながら、演じてもらうことで自分自身が分かっていくというか、血肉になっていく感覚です」
順子は稔との面会、崩壊した葛城家での清とのやり取りがシーンのほとんどを占める。いずれも緊迫した場面ばかりで、特に稔との最後の面会で互いに本音の一端が垣間見える攻防は、田中が「大変だったから、思い出したくなくなっちゃった」というほど心血を注いだ。
田中「監督が指導してくださることは本当によく分かるのに、なんかできない、まだ届かないみたいなところがあって、大変な時間でした(苦笑)」
赤堀「あそこは田中さんも(稔役の)若葉(竜也)くんも、お互いにコーティングしていたものがポロポロとこぼれていくやり取りなので、とても難しい芝居だと思うんです。ものすごく苦労はかけたけれど、言葉では言い表せない体から出てくるものがあって、何かがひと欠片だけポロッと取れた瞬間、その1カットが撮れただけでも良かった」
さらに、順子が清に対して叫ぶ「あなた、それでも人間ですかっ」というセリフは圧巻。赤堀監督が、「彼女はあそこがスタート地点。自己崩壊して、そこからの生活に光明を見いだせるようになったらいいなという思いで撮影した」という見せ場だ。
田中「彼女はすごくフィルターをかけて人を見たり、通じ合おうとしている気がしていたので、あのセリフが言えるんだって思った時はうれしかった。本音だし本心だし、野性的な言葉が出るってところが、演じていて楽しかった。でも、カットがかかった瞬間に腰が抜けましたけれどね。なんか分からないけれど、ストンと落ちて立てなかった」
赤堀「全スタッフが感動したのを覚えています。多分、『やったあ』って言ったと思う」
崩壊していく家族の濃密なドラマにおいて、唯一救いともいえるべき存在としての「強さ」を体現し「燃え尽きた」と自負する田中。10代のデビューから映画に重点を置き、30代になってからはドラマ、舞台へと視野を広げていったが、その蓄積がスクリーンに回帰したかのごとく、堂々とした印象を受ける。
「この現場にいられて本当に幸せだって、あらためて実感しましたね。主役にかかわらず、しっかりお芝居ができる、自分の仕事、役回りを全うできる人になりたいというのは変わっていないけれど、仕事が好きだし現場が好きだし、お芝居はやっていってうまくなっていくこともあると思うんです。どん欲だし、現場で学ぶことも多いので、常に作品に関わっていたい気持ちはあります。映画、ドラマ、舞台に関わらず、お芝居を通して人と関わり、人に伝えていきたいですね」
加えて今年2月には結婚し、名字が変わったことで田中麗奈を客観的に見られるようになったとも言う。
「田中麗奈ってあの女優ねっていう感覚がすごく楽しくて気持ちがいいんですよ。自分の人生をもう1人生きている人がいるという感じで、田中麗奈にもっといろんな刺激を受けて走ってほしいというか、1個人として『おまえ、頑張れよ』っていうか。旦那さんがいることはすごく心地いいし、そこでまたいろんな刺激もあるし、家庭にふれている時間が長いのですごくホッとしています。今までは自分でエネルギーをつくって出していたのが、大地からエネルギーをもらえている感じですかね。何もしなくても力が沸いてくる感じがあります」
そのエネルギーを持って、現在は映画では4年ぶりの主演となる「幼な子われらに生まれ」の撮影中。田中麗奈に対する興味が、こちらもさらに増してきた。