劇場公開日 2013年8月24日

上京ものがたり : インタビュー

2013年8月19日更新
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北乃きい、“等身大”の普通の女の子は「今しかできない」

これまでにも数多くの自伝的著作が映画化され、自由奔放で型破りな人柄で人気を博す漫画家・西原理恵子氏。スランプ期に故郷の愛媛で過ごした少女時代を回顧する「女の子ものがたり」では深津絵里、元夫で戦場カメラマンだった故鴨志田穣さんとのささやかな日常を描いた「毎日かあさん」では小泉今日子が、それぞれの視点と解釈をもって西原理恵子像を演じてきた。そして、「女の子ものがたり」の前日譚的位置づけとなる本作「上京ものがたり」で西原氏を演じる北乃きいが選んだのは、意外にも“普通の女の子”というアプローチだった。(取材・文・写真/山崎佐保子)

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「上京ものがたり」は、西原氏の原点ともいえる作品。「自分は他人と違う」と信じてやまなかった少女・菜都美は、大きな希望を胸に田舎から東京の美大に進学する。しかし成績はいつもビリで、生活のために始めたキャバクラのバイトではストレスから顔面麻痺になるなど、苦難の日々が続いた。この時期の菜都美は、成功を手にした現在の西原氏とはかなりギャップがあったのではないかと北乃は考えたという。

「西原さんが自分くらいの年の頃は、それほど竹を割ったような性格じゃなかったかもと思ったんです。10~20代の時は、企画を出版社に持ち込んでもいつも断られていたということで、悩んでいた時期もあったのではないかと思う。今ほどサバサバとはしていなかったんじゃないかと思ったんです。だから、個人的にはどちらかというと“普通の女の子”という印象を受けました。逆に普通を演じるのって難しい。普通の役だからこそすごく考えたんです」

清純派のイメージが強い北乃だが、本作ではキャバクラでのバイトなど、“今時の女の子”をナチュラルに体現している。「足を広げたすごい体勢で寝るとか、監督にすごいこだわりがあって何テイクもやりました。でも、家に帰ったらがさつになるって、この年代の女の子のすごくリアルな一面。あぐらかいて酔っ払うシーンも男っぽくやってみました」と荒っぽさにも細かな気配りを注いだ。

西原氏といえば、自作の映画化作品に端役で出演することでも有名。本作でもクセの強い掃除婦役として北乃と共演を果たしている。慌ただしい撮影現場での初顔合わせとなったが、「とにかくオーラがすごかった。でも、とても気さくで近寄りがたい感じは全くない。サバサバしているんだけど柔らかい感じの物腰。ゆっくりとお話する時間はなかったけど、そばで雰囲気を見させていただいた。『私がこの方を演じているのに同じ人物が2人?』みたいに変な感じもあって、私がこの年になったらこういう風になるのかなって。未来の自分を見ているような感じもしました」と役になりきっていた。しかし、何より西原氏を演じる上で参考になったのは、「女の子ものがたり」を手がけた森岡利行監督が書いた脚本だったという。

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「きっとこの脚本はご本人にすごく近くて、西原さんの原作からもそこまでかけ離れていないと思う。だから脚本に助けられたところがたくさんあった。原作ファンのためにもなるべく近づけたいって気持ちもあるけれど、どうしても忠実にできないこともある。そういう時にガッカリされたりするとつらいけど、何も言わず自由にやらせてくれる西原さんって本当に素晴らしいなと思う。私も西原さんと同じ感覚で、映画化が決まった時点でそれはもうすでに監督のもの。現場に入るとさらに監督のものになる気がしています」

上京した菜都美は、やがてキャバクラのボーイ・良介(池松壮亮)と同棲を始めるが、定職につかず自堕落な日々を過ごす姿にイライラは募るばかり。そうして徐々に気持ちがすれ違っていった2人は、やがて別れを決意する。自然体の2人の他愛ない会話や日常が、その微妙な関係性の変化に説得力をもたせる。

「池松さんとは同じ年で、ずっと一緒に仕事をしてみたかったので共演できてすごくうれしかった。でもお互いすごく人見知りで、『こんな人見知りいる?』ってくらい、同じ部屋にいるのにずっと無言だった(笑)。でもそれが苦痛じゃなかったんです。きっと菜都美も、家に帰って良介とそんなに会話がなかったんじゃないかな。あのくらいの距離感がちょうど良くて、あんまり話し過ぎたら、あの芝居はできなかった」と振り返る。ただ、「俳優として好きなんだけど、どんな人かはよく分からないまま終わっちゃった……みたいな(笑)。向こうもたぶんそうだと思います」と笑っていた。

これまでも等身大の役柄を演じることが多かった北乃だが、本作をきっかけに“等身大”という言葉の意味を大きく捉え直したという。「昔は“等身大”って意味がいまいち分からなかったんです。『等身大だから何なんだろう?』って感じだった。だけど、本当に大人になっちゃった人が高校生を演じるよりも、等身大の役者が演じることがすごく良いんだってことを、この役を演じて初めて思った。この映画を見て、この年じゃないとできないって思った。等身大ってその一瞬にしかないから、今しかできない役を今演じることの大切さが絶対にあるってことが分かったんです。今はもうあの役はできない。だからあそこには戻れないけど、今しかできない役、未来にはできない役が、いっぱいあるはずなんですよ。そういうお仕事と出合えることが、今後もすごく大事なことだなと気づきました」

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