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解説

一八九五年、ロシア最後の皇帝ニコライ二世が統治した帝政時代より、一九五〇年代のスターリン血の粛清までに起ったさまざまな事件を描いた記録映画。監督は記録映画作家のラファエル・ヌスバウム、構成はペーテル・ロジンスキイ、編集はジョルジュ・マルシャク。日本語版解説は八木治郎。

ストーリー

▽皇帝の専制政治と好色の怪僧ラスプーチン 一九世紀の終り、帝政ロシアはニヒリストを弾圧し、秘密警察制度を完備して、国粋的専制政治を行った。一八九四年アレクサンドル三世の後を継いでニコライ二世が即位すると、怪僧ラスプーチンが登場した。彼は催眠術を学んで宮廷に入りこむと、皇太子の血友病を治した。そして彼は皇后の信任を得た上、宮廷の女たちの貞操を次々に奪った。▽日露大戦争 一九〇四年(明治三十七年)日本はついにロシアと国交断絶。ここに日露戦争の火ぶたは切って落とされた。乃木大将のひきいる第三軍は旅順要塞を攻撃、決死の白だすき隊をくり出し、新型の二十八センチ攻砲で砲撃した。ついに一九〇五年一月一日旅順は開城し、乃木将軍と敵将ステッセルは水師営で会見した。五月二十七日、バルチック艦隊が日本海に入り東郷大将のひきいる日本艦隊はこれを迎え撃ち、全滅させた。 ▽ロシア大革命とレーニンの活躍 一九一四年六月二十八日、第一次世界大戦勃発。ロシアも参戦するがバルト海で敗北。国民は飢えに苦しみ、革命ののろしが上がった。一九一七年二月二十四日、首都ペテルスブルグやモスクワに大ストライキが発生、赤旗と歓声に埋まった。ついに十月革命に突入、ケレンスキー政府は倒れレーニン一派が政権を握った。また各地でトロッキーを指導者とする赤軍と、反革命軍の白軍との戦いがくり返された。その間、ニコライ二世一族は革命軍に惨殺された。 ▽レーニンの死とスターリンの血の粛清 三年の内乱の後、白軍の暴動は鎮圧され、ロシアに平和が訪れた。一九二〇年七月十九日、レーニンが国際共産主義の最高指導者となったが、二年後病没した。彼の死後、スターリンはその後継者となるために、トロッキーをはじめ同僚、先輩を片っぱしから追放、殺害し、独裁者の地位に登った。▽ポーランド分割とカチンの森の惨劇 ドイツではヒトラーが政権を握っていた。一九三九年九月、第二次大戦が起こり、ポーランドはドイツ、ソビエト両軍に分割された。戦後ポーランドのカチンの森で数千のポーランド人将校の虐殺死体が発見され、ニュールンベルグ裁判にかけられたが、ドイツ軍がやったのか、ソビエト軍のしわざか、真相不明のまま今日に至っている。...

作品データ

原題 Vom Zaren Bis Zu Stalin
製作年 1961年
製作国 ドイツ
配給 昭映フィルム
上映時間 86分

提供:株式会社キネマ旬報社

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