劇場公開日 2013年11月9日

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サカサマのパテマ : インタビュー

2013年11月6日更新

新鋭・吉浦康裕、初長編アニメ「サカサマのパテマ」で挑む「本当の面白さ」

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手を離したら、彼女は空に落ちていく――印象的なフレーズと、天地が逆転した構図が目を奪うキービジュアルが興奮をかき立てる、新鋭・吉浦康裕監督のオリジナルアニメ「サカサマのパテマ」。空を忌み嫌う世界“アイガ”で暮しながら、人知れず空へのあこがれを抱く少年エイジは、空に向かって落ちてきた地下世界の少女パテマと出会う。「映画館で流れる長編アニメーションを作ることが夢だった」と語る吉浦監督は、どのような思いを込めたのか。(取材・文・写真/編集部)

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学生時代にアニメーション作家としてのキャリアをスタートさせ、「キクマナ」といったアート作品から、ネット配信で火がついた「イヴの時間」を手がけてきた吉浦監督。これまでの作品は、会話劇が特徴となっていたが、初長編アニメとなった本作は、スケールアップした世界観でこれまでとは一線を画している。喫茶店をメイン舞台に据えていた作品から一転、「外に出る」をキーワードに、「ボーイ・ミーツ・ガール」という王道な物語を、斬新なビジョンで新たなエンタテインメントへと導いた。

同じ場所を見ていても、同じ感覚で物事を捉えることができない“サカサマ”な関係ゆえに、互いを理解することができないパテマとエイジ。物語は、ふたりの視点で進行し、観客は思わぬ世界の姿を目にすることになる。最大の魅力である“サカサマ”というアイデアは、吉浦監督が幼少期から温めてきたものだ。「天気のいい日に空を見ると、空に向かって自分が落っこちるんじゃないかという感覚に陥っていたんです。これは僕独自の感覚なのかなと思って、アイデアの基盤として物語が作れないかとずっと考えていたんです」

奇抜なアイデアだが、「“サカサマ”であるがゆえに感動できる、“サカサマ”であるがゆえに描けるエモーショナルなものを、ドラマに組み込もうと思った」と発想におぼれることはなく、「同じ場所にいながら相手の感覚がわからない男女が、相手の気持ちを理解していく物語」として完成させた。「最初は、地上世界に放り出されたパテマを変な女の子として見せ、彼女がいかに怖い思いをしているのかという描写を次第に増やしていくことで、観客にもエイジとともにパテマに感情移入してもらえるよう、バランスを考えていったんです」

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吉浦監督は、本作をはじめ、人間とアンドロイドの関係に焦点を当てた「イヴの時間」など、異なる世界にある者が心を通わせていく様子を描いてきた。テーマとして「他者との関係性」を意識することはないそうだが、「意識しなくても込められてしまう共通の命題、ある作家が生涯かけて無意識に描き続けてしまう核じゃないかなと思います。意識して作っているわけじゃなくても、自然とにじみ出ちゃう共通点なんです」。吉浦監督の作品づくりは、面白さの追求が出発点となる。「面白いものを作ろうと考えているだけ。伝えたいことができたり、作り方が変わっていく可能性はあるけれど、今はとにかく面白くて、ワクワクするものを見せたい。ポスター1枚見せたとき、何か面白そうって思ってもらえることが、僕にとってのすべてです」。吉浦監督が思う面白さとは、「未知のものに出合ったときのワクワク感」で、「ストーリーラインが面白かった、映像がすごかったというのは、二次的な面白さだと思うんです。本当の面白さって、理屈で説明できるものじゃなくて、初見で見た瞬間からふわっと伝わってくる空気みたいなものじゃないかな」と力を込める。

エイジはジュラルミンケースを手に学生服に身を包み、ル・コルビュジエ風の建築が並ぶアイガで暮している。対照的に、地下世界に住むパテマは、民族衣装風のワンピースに防護服姿で描かれ、ふたつの世界の違いが浮き彫りになる。「ストーリーラインとして、牧歌的な地下世界と抑圧されている地上世界を考えていたので、管理主義的なディストピア(地上世界)を描くには、古典的なSF像だと思ったんです。サイバーパンクというよりは、手塚治虫作品に出てくるような世界観。全体主義って実写では滑稽に見えてしまいがちですけれど、アニメはけれん味を持ってわかりやすく描くくらいがちょうどいいと思っていたので、思い切ってあの世界観にしました。そのまま作ったら、通好みの単館映画になると思ったけれど、それは避けたかった。アニメをたくさんの人に見てもらえる、メジャーなものにしたいんです。だから、“サカサマ”というアイデア以外は見慣れた王道なものでいこうと思い、“サカサマ”をいかに効果的に見せるかということを重視し、自分の好きなものを寄せ集めて(笑)、全部ひっくり返したんです」とあえて既視感ある世界を選択した。

学生時代は、ヤン・シュバンクマイエルスーザン・ピットといったトリッキーな作品を好んでいたそうだが、「水のコトバ」をきっかけに「忘れていた自分の“演劇好き”が戻ってきて、苦労して作るんだったら、映像も物語もすごい方がいいと思った」と大衆性のあるエンタテインメント作りに意識が変化した。「エンタテインメントは難しいですが、本来は一番量産されるべきもの。エンタテインメントというと平板に見られるところがあるけれど、本当に面白い作品は、ド直球のエンタテインメントを誰もできないような一流の演出で見せきるものだと思うんです。たとえばピクサーの『トイストーリー』は、王道なストーリーながら、個々の見せ方は垢抜けていて面白い。そういうつくり方をしたいんです」

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サカサマのパテマ」は、アヌシー国際アニメーション映画祭、スコットランド ラブアニメ映画祭 2013など海外映画祭で喝采を浴び、フランス、イギリスなど海外配給も決定している。「僕はストーリーの作り方やアイデアの起点が、海外のSF小説やドラマのセオリーだったりするので、自分の好みの脚本が海外受けするのかもしれない。そう思ったことから、世界的に面白いと感じてもらえるものを作りたいと思うようになりましたね。でも、コンセプトは今回と一緒で、『なんだか違うな』と思ってもらえるワクワク感を込め、コンセプトアート1枚を見ただけでわかるようなものを作っていきたいです」。宮崎駿監督が引退を発表した日本アニメーション界だが、細田守監督、庵野秀明監督をはじめ新海誠監督といった世界から注目を集めるアニメーション作家は多い。エンタテインメント思考を持った若い才能・吉浦康裕が、国内外でどのような活動を見せるのか目が離せない。

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