劇場公開日 1937年8月25日

「映画が戦争で失った最大のもの」人情紙風船 よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

4.0映画が戦争で失った最大のもの

2015年7月31日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

泣ける

悲しい

これが28歳の監督の作品とは信じがたい。
ラストの衝撃的切なさが、かくも観る者の心に迫ってくるその理由を知るために、少なくとももう数回は見返さねばならない。
主人公・海野又十郎は愚図な男なのだが、誰も彼を卑下したり、非難したりすることはできない。なぜなら、彼は侍としての矜持のみで生きているような男だからだ。
質屋の娘が長屋に連れてこられたことで、毛利何某との交渉のカードを手に入れたはずなのに、そっちのほうへは少しも動かない。娘を少しの間かくまったことへの謝礼すら拒もうとする。
しかし、謝礼を受け取ってしまったことで、彼の矜持は崩れ去り、生き方を失くしてしまうのだ。生き方を失くす。そうとしか表現のしようがない物語を、単純なペシミズムに陥ることなく、庶民のしたたかさとの対比でもの悲しさを際立たせている。
同じく河原崎長十郎主演の「河内山宗俊」の魅力とならぶ山中貞雄の大傑作である。
戦死という山中監督の悲劇は日本映画界の悲劇でもある。もっと多くの作品を残して欲しかった。

佐分 利信