劇場公開日 1987年1月17日

「新型コロナウイルス禍の中で観ると全く違って観えてきました」首都消失 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0新型コロナウイルス禍の中で観ると全く違って観えてきました

2020年2月17日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

現在2020年2月16日です
新型コロナウイルスの猛威により、中国の一千万都市武漢は封鎖されてそろそろ約1ヶ月になろうとしています

日本でも水際で防ぐことはすでに無理であったと明らかになりつつあり東京ではどこから感染したのか分からない発症者が相次いでいます
もしかしたら武漢と同じ状況に1ヶ月2ヶ月後の東京がなっているのかも知れません

東京封鎖
そんな馬鹿なことはないでしょう
第一、東京を封鎖したところで既に日本中に蔓延しているのでしょうから意味は無いと思います

しかし、もし本当に東京を封鎖することになったとしたら?
これはもう首都消失と同じことなのです

日本SF界の巨人小松左京の小説が原作で、首都東京が無くなれば日本はどうなるのかのシミュレーションに原作は力点があるのですが、映画は特に後半センチメンタルに流れてしまい残念な展開となります

興行が不安になるので、このようなお涙頂戴の物語にしたのは理解できますが大変残念な出来映えになってしまったと思います
哨戒機のシーンまではなかなかドキドキする展開だったのに本当に残念です

と、そういう映画であったはずなのですが、この新型コロナウイルス禍の中で改めて観ると全く違って観えてきました

なんだか正体の分からない謎の雲、物体O
それは新型コロナウイルスのメタファーとして観ていくと空恐ろしい未来の不安を感じさせ、最後には一縷の希望と乗り越えていく勇気を持たせてくれる傑作のように見えるのです

原作が書かれたのは第二次関東大震災の危険が叫ばれ始めてた頃で、第二首都としての大阪の可能性を検討するというのが出発点だったと思います
それから30年以上経ちました
東日本大震災を経験し、昨年末には異常にリアルなNHKの首都直下型大地震のドラマが話題を呼んだばかりです

昨今の大阪都構想も二重行政の解消以外に、万一の時に備えた第二首都を用意すべきの視点も根底にあるのとのことです

首都東京が消失したらというシミュレーションそそれは、そんなことはある訳のないと誰もが分かりきった上での、原作であり映画だったはずなのです
読者も観客も思考実験だと心得て読み、観る映画に他なりません

ですから、それが前提なのにセンチメンタルになられても感情移入なぞできる訳もないし、それをさせようという演出意図は土台無理があるのです
だから今までそう大した評価を得られることのない映画のはずでした

なのに、現実はSFを超えて来ました
首都消失は有り得る物語となってしまったのです
もっと酷い事になるかも知れないのです
だから、その空回りしていたセンチメンタルがなぜか刺さって来てしまうのです

そのことが如何に恐ろしい事が現実に現在進行形であるのかの証明でもあり、慄然とさせられるのです

大滝秀治の演じる大田原博士の台詞はこれから日本に起きる恐ろしいことへ立ち向かっていく日本人全員へのエールです

おじさんがまだまだ若い頃、日本は戦争に負けて潰れかけておった
東京も大阪も名古屋も、日本中の町も工場もすっかり焼け野原となって、広島や長崎には原爆まで落とされて、本当に一時潰れておったかもしれん
でもね、その時戦争をやっとった軍人に替わって、日本を何とか潰さんように、戦争前よりもっといい国にするように頑張った人達がおった
その人達のおかげで日本はなんとかここまでこれた
こんどはその人達に替わってパパやおじさん達が頑張るから大丈夫だ

果たして、私達は頑張れるのでしょうかる?
家族に対して約束できるのでしょうか?

いま視たテレビではある県の担当者が明らかに濃厚接触の事例であるのに、そうとは言い切れないと強弁してしていました

私達は焼け野原から頑張る事になるのでしょうか?

あき240