劇場公開日 1998年10月17日

「本作学校Ⅲと1991年の作品息子は表裏一体なのかもしれません」学校III あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0本作学校Ⅲと1991年の作品息子は表裏一体なのかもしれません

2020年4月16日
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鑑賞方法:DVD/BD

本作は1998年公開です
そして息子は1991年公開です
バブル最高の株価をつけたのは1991年早春の事でした
息子のラストシーンはその年の早春です

一方、本作学校Ⅲが公開された1998年はバブル崩壊が遂に大崩壊に至った年です
前年の1997年には一流の大企業であった山一証券や、北海道を代表していた北海道拓殖銀行が経営破綻し、1998年には日本長期信用銀行までが国有化されるに至っています

つまり息子はバブル絶頂期に至る日本の良い時代の人生を扱っています
そして本作学校Ⅲではバブル崩壊後の人生とは何かを扱っているのだと思います

リストラ、過労死、シングルマザー、自閉症児、不況下の就職の困難さなどなど
超重い事柄がてんこ盛りに登場します
冒頭から解雇通告シーン二連発の先制攻撃を食らってしまい、それだけでたじろいでしまいます
それらはバブル崩壊を象徴してこの時代の人生を象徴しているのです
誰しもどれかの不幸に該当して転げ落ちていく日本の姿を象徴しているのです

懸命にバブル崩壊を乗り越えて、安定した生活をつかもうと登場人物の全員が苦闘しています
観ていて胃が痛むほどです

特に小林稔侍が演じるリストラされた元大企業の部長の姿は日本の姿そのものです
プライドが高いまま、職業訓練校にスーツで現れ作業服を着るのが屈辱のなです
なんで俺が掃除なんかしなければならないのかと怒っているのです
伝手を頼って再就職を試みるも居留守まで使われる哀れなシーンはこれでもかと迫ってくるものがあります

大竹しのぶはそれらすべてのしわ寄せが寄せられた存在です
それでも明るく懸命にいきています

この二人が自然と片寄せあって生き延びよう
辛い心を慰めあいたいと互いに引き合ってしまうことは当たり前のことです

その中年の淡い恋愛も別れとなり、さらなる不幸に突き進みます

バブル崩壊の痛手はそれからも続いて、失われた30年とも言われています
アベノミクスとオリンピック景気でそれも終わること微かな希望が見えた時、このコロナショックです
正に大竹しのぶか手術室に入るシーンが現在です

本作はバブル崩壊の実象を活写して、その先の日本の運命まで見通した名作だと思います

彼女を見舞いにくるのは学校のクラスメート達
みな団塊の世代です
彼女は団塊の世代の下の世代です
その世代は団塊世代のつけを払い、散らかした後始末をし、むちゃくちゃになった物事の辻褄をなんとか合わせて来た世代です

そしてその下はもう自閉症児の世代なのかも知れないのです

団塊世代はそれぞれ顔を示しあい病院から散会していきます
元部長だった男だけが手術室の待合いベンチでその自閉症児と手術が終わるのを待っているのです
それがバブル崩壊後の日本の姿なのです

紛れもない名作です
大竹しのぶの演技の凄さは筆舌に尽くせません
号泣しました

あき240