劇場公開日 1960年11月13日

「時代の雰囲気。人生の一コマ・生活の一コマを丁寧に描き出す。」秋日和 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5時代の雰囲気。人生の一コマ・生活の一コマを丁寧に描き出す。

2022年7月31日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

単純

知的

幸せ

小津監督の映画を初めて観ました。原節子さんの映画も初めて観ました。
外国人が好きそうな映画。外国人が描く一つの理想の日本の形があるなと思いました。

バブル狂騒以前の、『サザエさん』の昭和。
 結婚は個人の物でありながら、まだ家と家との結びつきの頃。良家でありながらも、母子家庭だと 不利になることもある(経済的な、社会上の地位的な後ろ盾がないから)、そんな頃に、父の友人たちが、友人の忘れ形見のために、一肌脱ぎますが、話がおかしな方向に。

物語自体は特に目新しいものはない。昭和・TVのゴールデンタイムを飾っていたホームコメディにもありそうな物語。『寺内貫太郎一家』とか『時間ですよ』とか『ありがとう』とか。ちょっとお節介な人々に巻きこまれた人々のドタバタ劇。なんだかんだと言ってハッピーエンドになるのも同じ。どうハッピーエンドになるかは様々だけれど。
 でも、なんか違う。TVドラマが、ちょっとこげたゴロゴロのサトイモの煮っ転がしが器にドン!と大盛りに盛られているイメージなのに、この映画は有田焼等の器に美しく盛られた海老しんじょ、彩りも鮮やかなシシトウ付き。TVドラマが胡坐かいて頂くような感じがするのに対して、小津作品は正座していただくような感じ。といってもかなりリラックスしてお茶を片手に鑑賞できるのだけど。

この当時に大卒という大企業の部長や教授クラスのおじ様方という超エリート・上流階級を扱っているから?
 だけでなく、ウィキペディアによると、部屋の絵とか本物を使って撮影しているとか。そういうこだわりなどに現れる演出が、その雰囲気の違いを醸し出しているのだろう。
 当時、”モダン”の象徴の一つだった団地も、今あえて真似したいセンスの調度類・家電に飾られている。モデルハウスのようなインテリアだけど、モデルハウスにならない、生活感も滲み出る絶妙さ。
 言葉使い、抑揚、間、声の高さ・出し方そのすべてが洗練されている。「ごきげんよう」の世界。個人的には、上流階級の奥様方が「あんた」というのは好きではないけど、あの当時はそれが普通だったのだろう。
 寿司屋の娘がべらんめえ言葉を話すのでさえ、どこか上品、可愛らしい。丸の内に勤める寿司屋の娘となれば、寿司屋の在所は、銀座か築地か、足の踏み入れるのを躊躇する超高級店を想像してしまうが、魚河岸の威勢の良さを出しているのだろう。
 監督は、かなり細かい演技指導をされたとか。だからなのか、時折棒読みに感じるときもあるが、さすがにおじ様中年3人組はそれが鷹揚さにみえる不思議さ。沢村さん他、ご自分のものにして、近くに居そうなご婦人ぶりを見せて下さる方々もいらっしゃる。

 本牧亭はすでに閉館していて、ステーキの店がどこかは知らねど、松坂屋裏のとんかつ店は、小津監督が贔屓にしていたという、蓬莱屋(営業中)であろうとほくそ笑んでしまう。(何気に、上野・御徒町はとんかつ激戦地。老舗有名店が多い)
 学生時代に、湯島・御徒町・上野を散策していたとなれば、おじさま方の通っていた大学は東大か。
 そんな現実に即した土地感覚も嬉しくなってしまう。

 そんな時代の美しきかなを愛でる映画かな。
 でも、雰囲気だけではない。やはり人間や時代の雰囲気をしっかり描いている映画。
 戦争を経て、平凡な毎日が続くのが一番という手ごたえを感じさせてくれる。上流階級と言ったって、手が届きそうなクラス。しかも、高度成長期だから、ゆったりした中にも、右肩上がりの幸せを予感させてくれる。

そんな人物描写が、原さん演じる母に凝縮。

原節子さんは絶世の美女との評判の高い方。
 個人的には正直あまり美人には見えなかった。きゃしゃな司さん・岡田さんと並んでしまうから余計に原さんの大柄が際立つ。年齢的に若いお二人よりふくよかになられるのはしょうがない。ふくよかになったから大柄というのではなくて、意外に口大きいな、手も大きいな(白魚のような指とは例えがたい)、全体的に男性のような骨格をされているな、背も高いし。意外に所作が雑だし。中村玉緒さんの若い頃が文楽人形の娘にそっくりなのと比べて、原さんは日本人離れしている。あえていうなら、マレーネ・デートリッヒ系。三輪明宏さんにも似ている。やっぱり美女か、と思いながら観ていました。そんな方が、日本的な家屋に日本の着物着て収まっているから、縮こまって窮屈に見えるのかと。
 ああ、でもラストの場面。娘を嫁に出して、一人で寝支度する場面、あのほっと一息つく場面の美しさ。役目を果たせた安堵感と、これから一人で生きていかなければならない覚悟と、一人になってしまった気の抜け方と…。(この時代は、まだ娘は嫁に出すもの。気軽に実家に帰れない)空の巣症候群。それでもの、艶。円熟した色気。情感の細やかさをあれだけで表現してしまうその演技力。やっぱり美しい人だなあと感動しました。う~ん、年と美しさって重ねるものなのね。

今、美魔女とか流行っているけど、それらの美魔女と違い、人生を感じさせるひとコマ、日常のああいうひとコマに凝縮される美を丹念に描き出す。

小津監督ってすごいです。

とみいじょん