劇場公開日 2006年9月30日

「シャマラン監督のファンタジーがミステリーを逸脱する」レディ・イン・ザ・ウォーター Kadwaky悠さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0シャマラン監督のファンタジーがミステリーを逸脱する

2010年8月3日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

悲しい

興奮

萌える

ナイト・シャマラン監督の最新作「レディ・イン・ザ・ウォーター」を観た。
メジャー作品としては5作目となる本作は、
前回の「ヴィレッジ」に続いてブライス・ダラス・ハワードを起用し、
これまでの3作(「シックス・センス」「アンブレイカブル」「サイン」)とは
違った趣の作品となっている。

今回の「レディ・イン・ザ・ウォーター」を観て、はっきりしたのはシャマラン監督が
ファンタジーを作品の原動力にしているということである。
ミステリー的な要素がイメージとして強くあるので読み違えそうだが、
最初の3作も含めシャマラン作品はファンタジー作品として確立されていると思う。

これまでぼくは、「シックス・センス」のあの衝撃が強すぎたせいで、
シャマラン作品にミステリアスな謎解きを求めてしまっていた。
だから「アンブレイカブル」も「サイン」もその謎に対して不満を感じていた。
しかし、「ヴィレッジ」に関しては謎解きもさることながら、
そこにいる人間たちのリアルな生き様がストーリーを投影していることが、
ミステリーという枠を大きく逸脱してしまっている気がする。
どちらかというと、社会派、もしくはヒューマンドラマという方向性もなくもない。

そして、今回の「レディ・イン・ザ・ウォーター」にいたっては、
元ネタがシャマラン監督自身が即興で作ったおとぎ話で、
そのおとぎ話がストーリーの下敷きとなってる。
つまり、おとぎ話が現実の世界でリアルに動き出すのだから、
ファンタジーのなにものでもない。

ただ、この作品を観ながら、ふとあるひとつの作品を想起した。
テリー・ギリアム監督の「フィッシャー・キング」である。
この作品のストーリー構成が非常に似てる気がした。
主人公の設定もある意味同じかもしれない。
どちらも孤独に生きることを選ぶが、心のどこかで癒しを求めていて、
いくつかの試練を乗り越え、結果的に癒されることになる。
実はこのようなストーリー構成はRPGでは一般的である。

「フィッシャー・キング」は、ジェフ・ブリッジス扮するスーパーDJだった
ジャック・ルーカスが、放送中に発した不用意な言動によって
忌まわしい事件を誘発してしまい、奈落の底へ転落する。
また、ロビン・ウィリアムス扮するかつて大学教授だったヘンリーは、
その事件で妻を殺され、精神を病んでしまい、過去を捨ててホームレスとなる。
社会から見放されたふたりが出会い、不思議な友情が芽生え、
そこに聖杯伝説というRPGのテーマを通して、
ふたりの男は目的を果たす中で癒されていくのである。

「レディ・イン・ザ・ウォーター」もまた癒しをテーマとしている。
主人公のクリーブランドは妻と子どもを殺され、
医者を辞めマンションの管理人として孤独に生きようとしていた。
そんな中で、ストーリーは唐突にマンションの中庭のプールから現れる。
彼女こそがこのおとぎ話の主役であり、彼女のおとぎ話にクリーブランドの他、
マンションの住人たちまでも巻き込まれていく。
そして、彼女を元の世界に戻すという目的(これがおとぎ話をハッピーエンドに導く)を
果たすことにより癒されるのだ。

ストーリー構成自体は、そんなに奥深く複雑なものではない。
これまでのシャマラン作品に比べたら非常にわかりやすく、単純かもしれない。
しかし、この作品のテーマは謎解きではなく、癒しであり、
おとぎ話を信じる純粋な心、愛であるから、そういう目で観ていくと
とても微笑ましく感じられると思う。

ラジー賞になってもしようがない部分はあるけど、
ぼくはシャマランの作品が改めて理解できて良かったと思う。
そういう意味で、評価されるべき作品である。

Kadwaky悠