コラム:若林ゆり 舞台.com - 第94回

2021年1月15日更新

若林ゆり 舞台.com

第94回:衝撃のミュージカル「パレード」で、石丸幹二が再び観客の胸をえぐる!

世に“衝撃作”と銘打たれた作品は数あれど、これほど鮮烈な衝撃を与える作品は稀だと思う。個人的には映画「ジョーカー」を見た時と同じくらいの重みとインパクト、そして魅力を感じ、胸をえぐられるようなショックと感動を味わった。ミュージカル「パレード」は、その華やかなタイトルとは大きくかけ離れた、骨太の社会派人間ドラマ。これは1913年、アメリカ南部のジョージア・アトランタで実際に起こった冤罪事件を題材にした作品なのだ。

脚本を「ドライビング・MISS・デイジー」で知られるピューリッツァー賞受賞作家アルフレッド・ウーリーが、作詞・作曲を「ラスト5イヤーズ」のジェイソン・ロバート・ブラウンが手がけた本作は、2017年に日本で初演された。内容もさることながら、新劇系の「演劇集団円」に軸足を置く気鋭の演出家・森新太郎による斬新な演出で、観客の心をわしづかみに。石丸幹二堀内敬子をはじめとする俳優陣の充実もものを言って、ミュージカル界のみならず演劇界全体に旋風を巻き起こした“事件”のような公演である。開幕当初、チケットは完売していなかったのだが、千秋楽が近づくにつれ話題騒然となり、立ち見を出したことがクオリティの証明だ。

インタビューに応じた石丸幹二
インタビューに応じた石丸幹二

この作品が、21年1月より再演される。真に見る価値のある「パレード」について、主演の石丸に語ってもらった。

「僕にとってもこの作品は、非常に意義のある、忘れられない体験になりましたね。深いテーマを訴えるのに、ミュージカルがストレートプレイと何ら変わらない、いや、それ以上に演劇的な力があるんだと実感することができた。音楽や踊りといったオブラートに包んで、より鋭いことを突きつけられますから。普通の演劇だったら悲惨すぎて観客を選んでしまうところ、ミュージカルだとより広く一般の方々に見てもらえるんです」

1913年、アトランタで13歳の白人少女が犠牲となる強姦殺人事件が起きた。容疑者として逮捕されたのは、ニューヨークから移住したユダヤ人のレオ・フランク。少女が働いていた鉛筆工場の工場長だ。妻のルシールは夫の無実を証明しようと奔走するが、レオを取り巻く人々の意識と思惑が絡まり合い、レオを追いつめていく。恐ろしいのは人間の悪意や狡猾さだけではなく、善良な人間でさえ最悪の結果を生み出す一助になりうるということ。

「どの人たちの考えをよしとすべきか、どの人たちの考えを悪とするかは、個人によって違うんです。時代も社会背景もありますからね。100年前のアメリカでは、黒人の存在や立場に、南部と北部で歴然たる格差があった。ユダヤ人に対する考え方、ユダヤ人の立場も違う。登場人物の多くに悪気はないし、愚かな判断をしたとも思っていない。ただ、それぞれ置かれている立場がある。上からプレッシャーをかけられたりすると従わざるをえない。政治家や新聞記者もいて、彼らが扇動したためにレオの不幸が起こっているんですけど、それもみんな、よかれと思ってやっていますからね」

2017年の舞台「パレード」より。レオ・フランク役の石丸幹二
2017年の舞台「パレード」より。レオ・フランク役の石丸幹二

陰惨な物語の中にも、光り輝くような救いがある。それはレオとルシールという夫婦の深まりゆく愛情だ。

「日本でも50年くらい前、僕らの親の世代って、恋愛よりもお見合いで結婚する人が多かったでしょう。このミュージカルで描かれているレオとルシールも、どうもお見合いで結婚したという感じがします。お互いをよく知らないまま結婚したふたりが、この事件をきっかけにどんどん絆を深め、お互いを必要とする関係になっていく。そこにあるのは夫婦の成長物語なんですよね。ルシール役の堀内敬子さんと、『その軸はぶれないようにしようね』と話し合いました」

妻役を演じる堀内は、キャリアのスタートを切った劇団四季時代の同期。初演時には、ふたりの17年ぶりの共演も話題となった。

「彼女が劇団四季に入ったのは高校を卒業してすぐの頃。ピカピカの、はじけ飛ぶゴムまりのような存在で(笑)。その時から踊りも素晴らしいし、お芝居の勘も鋭いし、歌も上手に歌うし、感心させられてばかりでした。17年後に円熟味が加わって、硬軟併せもつ業をいっぱい身につけた彼女を『すごい女優になったな』と思いましたね。自分の中で湧き起こるものを、演技の中にどんどん出していくところは、やはり舞台人ならでは。日常はすごくチャーミングで、それが演技の中にも滲んできます。彼女とは劇団四季で一緒に育ったので、俳優としてのメソッドが同じなんですね。なおかつ投げたらポンと投げ返してくれる。お互い、手立てがわかっているし、遠慮なくできるし信頼できる。彼女が相手で本当によかったなと思います」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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