コラム:若林ゆり 舞台.com - 第75回

2019年2月5日更新

若林ゆり 舞台.com

第75回:バレエと美術の洗練で魅せる舞台版「パリのアメリカ人」は踊るアート!

だからこそ、ウィールドンが大事にしたのは「映画の精神性に対するリスペクトをしながら、まったく同じレプリカは作らない」ということだった。

「ガーシュインやジーン・ケリービンセント・ミネリが現代に生きていたら、どんな作品を作るだろうと考えたんだ。そこで思い至ったのは、作品に歴史的な意味での真実味を与えるということ。つまり、当時のパリがどういう場所だったかを描こうとしたんだ。映画が作られたときは、すべてがハッピーで美しいものが求められていた時代。パリと言えば太陽と花、というイメージだったと思うけれど、現代においてはもっと正直さが必要だ。この作品のロマンティックなスピリット、新たな友情を育む喜びはもちろん描きたかった。でもそこに対比を出すためにも、時代的な暗さが必要だろうと考えたんだ。オープニングのバレエに象徴されるように、このときのパリはまだナチスの侵攻から間もなくて混乱の中にある。そこから出てくるからこそ、より開放された喜びが浮かび上がってくるはずだ。終戦後、パリではすぐに混乱がなくなったわけではないんだよ。ナチスはヨーロッパ中に大きな爪痕を残していたからね。戦後に生まれた愛や絆を謳歌しながらも、パリの人々の心の中には長い間、不安が残っていたと思う」

この方針は物語により説得力を与え、共感の幅も広げた。屈託がなくて明るく、ワイルドさと茶目っ気のあったケリーのジェリーも素敵だったが、舞台のジェリーはもっと繊細に、苦悩を乗り越えようともがく姿を見せる。開幕初日にジェリー役を務めた酒井大は、純粋にバレエの世界で表現力を磨いてきたダンサー。演技も歌もまったく初めてだというが、だからこそもがくジェリーをひたすら素直に、まっすぐに演じて好感度大。放っておけない子犬のような少年っぽさが魅力だ。リズ役の石橋杏実もバレエの技術、コケティッシュな表現力が抜群。この2人の演技から、ジェリーとリズにとってどんなに“自由”が大事なものかが伝わってきた。リズがジェリーに惹かれたのはその自由さゆえだとよくわかったし、リズ自身の解放も一層テーマと直結。ジェリーの友人でリズを愛するアンリ、アダムのキャラクターにも奥行きが出ている。

撮影:若林ゆり
撮影:若林ゆり

バレエの世界で生きてきたウィールドン自身にとっても、ミュージカルは“自由”を感じさせるものだったようだ。

「バレエとミュージカルは、いずれも伝えるべき物語が重要だということは同じ。僕はバレエにおいても“物語”を重視しているし、バレエという踊りの中で物語を伝えたいと思ってきたよ。だから僕は、自分をストーリーテラーだと思っているんだ。そういう意味では、『ミュージカルって贅沢だな、楽しいな』と感じる。だってステップや動きだけではなく、伝えるべき物語の半分までもせりふで伝えることができるんだからね!(笑) 初めて演出するにあたっては、バレエを見慣れていない人にも伝わるようにしたかったし、言葉で物語を伝えるとはどういうことかをひたすら学んだ」

バレエ界出身の演者たちにとっても、ミュージカルの世界は自由と刺激に満ちていた。

「面白かったのは稽古場で、役者たちとダンサーたちのコンビネーションを感じたこと。それぞれの取り組み方が全然違うんだ。ダンサーは言われたとおりに取り組むことに慣れていて、役者は質問が多く、ディスカッションすることが好き。興味深いな、と思ったよ。ダンサーたちが言われたことをすぐ身体に落とし込むことができる能力に役者たちはインスピレーションを受けていたし、逆に役者たちが動きやせりふに対して動機、意味を掘り下げていくことに、ダンサーたちは深い関心を持っていたね。ふたつの世界が刺激を与え合い、融合していくことに僕は感銘を受けたよ」

演出・振付のクリストファー・ウィールドン
演出・振付のクリストファー・ウィールドン

日本人は「世界でも屈指のバレエ好きだ」と感じているというウィールドン。

「日本人は礼儀正しい人が多いからかすごく静かだけど、終わると感謝の言葉や温かい反応をいただけてとてもうれしかった。それだけ上演中は集中して見てくれているってことなんだよね。日本ではガーシュインは人気が高いと聞いているし、今回はその音楽に、アメリカの華やかなミュージカルらしさと美しいバレエが組み合わさっているんだ。日本の観客にも絶対に気に入ってもらえると信じているよ」

劇団四季ミュージカル「パリのアメリカ人」は3月8日まで東急シアターオーブにて上演中、その後、3月19日~8月11日にKAAT神奈川芸術劇場<ホール>にて上演される。詳しい情報は公式サイトへ。
https://www.shiki.jp/applause/aaip/

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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