コラム:若林ゆり 舞台.com - 第33回

2015年9月8日更新

若林ゆり 舞台.com

第33回:フォッシーの官能的なスタイルとサーカスの魔法が融合した「ピピン」の魅惑はまさにサプライズ!

ボブ・フォッシーは、ミュージカル界でも神と崇められるダンサーであり振付家、演出家にして映画監督。「シカゴ」や「オール・ザット・ジャズ」など、独特な体の使い方をする彼のダンスナンバーはセクシーでスタイリッシュそのものだ。1973年はそんな天才クリエイターの60年の人生のなかでも、最も栄光に満ちた年だった。「キャバレー」でアカデミー賞監督賞を受賞し、ライザ・ミネリ主演のTVショー「Liza with a Z」でエミー賞を獲得、そしてブロードウェイ・ミュージカルの「ピピン」でトニー賞に輝いたのだ。

フォッシー全盛期の代表作でありながら、初演以来なぜかブロードウェイでは一度も再演されなかった「ピピン」が、初めてリバイバルされたのが40年後の2013年。フォッシーのスタイルを踏襲しつつ、シルク・ドゥ・ソレイユで演出経験のあるダイアン・パウラスがサーカスの要素を大胆に取り込んだ新演出は大評判をとり、見事トニー賞の最優秀リバイバル作品賞をゲットした。この来日公演が、なかなかすごい。

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「ピピン」は、「自分を輝かせてくれる特別な何か」を探して旅をする若き王子、ピピンの冒険を追う物語。筆者は昔、「アメリカン・ヒーロー」や「ビッグ・ウェンズデー」で人気だったウィリアム・カットの主演版がTV放映されたのを観た記憶がある(1981年のカナダ公演を収録したもの)。

レナード・バーンスタインの「キャンディード」だとかアンドリュー・ロイド=ウェーバーの「ヨセフと不思議なテクニカラーのドリームコート」と同じ「自分探し」ジャンルだが、この「ピピン」の独創性は“リーディング・プレイヤー”という存在にある。初演は男性のベン・ヴェリーンが演じていたこの役、今回は女性のガブリエル・マクリントン。ブロードウェイでもこの役を演じた本物だ。そうそう、この公演、海外ツアー公演としては破格の豪華キャストなのである。タイトルロールのピピンこそ新星(大学を卒業したばかりのブライアン・フローレス)だが、サーカス団員たちはシルク・ドゥ・ソレイユ出身者も多数。ダンサーたちはみな、サーカス修行を積んだという。それにピピンの父王役、ジョン・ルービンスタインは初演時のピピンだし、おばあちゃんバーサ役のプリシラ・ロペスは初演時に王の後妻、ファストラーダを演じたお方。なんて贅沢!

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おっと、リーディング・プレイヤーに話を戻そう。彼女はこの舞台の世界へと観客を誘う案内人にしてナレーターであり、ダンサー兼シンガーで、この舞台の世界を思い通りに操る演出家の役割も担っている。「キャバレー」におけるエムシーにも似た存在だが、より支配的だ。幕開け、いや幕の開く前。幕に彼女のシルエットが浮かぶ。幕の間から登場した彼女がいかにもフォッシーらしい振りを見せつつ「♪Join Us~」と「Magic To Do」を歌えば、もう気分は夢見心地。この歌詞を聴くと、この演出がいかに理に適っているかがよくわかる。実際にフォッシーはサーカスが大好きだったと言うし、リーディング・プレイヤーはこの舞台の奇跡、マジック、幻想を歌っているんだから。この曲の途中で幕が開くと、そこは一気にカラフルで幻惑的なサーカス小屋の世界、というわけ。

シルク・ドゥ・ソレイユ的な世界観とフォッシーとは本当に相性がいいんだな、とつくづく思う。どちらも幻想的でちょっと退廃的で、鍛え抜かれた肉体の放つ刺激的な色香がなんともいえないエキサイトメントを呼び起こすからだ。驚異的なアクロバットにも、ユーモアや洗練されたスタイルが打ち出されていて楽しい!

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サーカス一座が伝えるピピンの冒険譚は、「特別な何者か」になろうとあがく若者の、普遍的な遍歴を描いていく。若者らしい理想主義や浅はかさは、誰もが身に覚えのあるものではないだろうか。戦争の虚しさを知ったピピンは革命を起こして失敗し、リーディング・プレイヤーの助力で人生をリセット。疲れ果てて倒れたところを救ってくれた平凡な未亡人の求愛に揺れる。果たしてリーディング・プレイヤーの思惑通り、彼は特別な人生を手に入れられるのか?

文字通りに多彩で見どころ満載の舞台だが、いちばんのショーストッパー(やんやの喝采でショーを止める役者)は意外な人物だった。ピピンが助言を求めに行く自由人のおばあちゃん、バーサ役のプリシラ・ロペスその人だ。「コーラスライン」のディアナ役オリジナルでもある彼女はバランスボールに座り、孫のピピンに素晴らしいメッセージの詰まった「No Time At All」を歌い始める。ここは歌詞が映し出されて一緒に歌えるようになっているから、曲の予習をしていくといいかもしれない(オフィシャルサイトでナンバーの音源を聞くことができる)。でも、なるべくネタバレ映像は避けて行ってほしい。66歳のバーサ(演じるロペスは67歳!)がこの曲の後半、どんなサプライズで観客を魅了するのか、実際にビックリして鳥肌を立ててほしいから!

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終盤は、極彩色のサーカスという虚構、入れ子状態である芝居の構図が作品の持つメッセージをうまく強調し、すこぶる印象的だ。きっとサーカスがさまざまなものを象徴しているということが鮮明にわかるはず。人生に何を求めるか? 求めていた真実とは? 舞台のマジックに魅了され、人生の真実と出会える、イリュージョンのような「ピピン」。バーサおばあちゃんのくれる教訓は、この先の人生にとって大きな力になってくれるかも?

ミュージカル「ピピン」は渋谷・東急シアターオーブで9月20日まで上演中。詳しい情報はオフィシャルサイトへ。
 http://www.pippin2015.jp

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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