鳥山明先生が新たに描いたスライム 「SAND LAND」横嶋俊久監督インタビュー(後編)

2023年8月28日 19:00


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公開中の映画「SAND LAND(サンドランド)」では、鳥山明氏による原作漫画を踏襲しつつ、ところどころで映画独自のアレンジが加えられている。インタビュー後編では、原作からの変更点を中心に、映画鑑賞者向けの注目ポイントについて語ってもらった。

※本記事では「SAND LAND」の物語終盤の展開に触れています。作品を鑑賞してから読むことをお勧めします。

――映画は2時間弱の尺に、原作単行本1冊分のエピソードがきれいに収まっている印象です。脚本づくりはどのように進めていったのでしょうか。

横嶋:漫画の単行本1冊だと、映画にするには尺が足りないイメージがあるかもしれませんが、「SAND LAND」は非常に情報量が多い作品なんです。コマの割り方も細かいし、セリフの量も実はすごく多くて、単純に作中のセリフをそのまま脚本におこすだけで軽く2時間をこえてしまいます。それをどう映画に落としこんでいくかが大事なところでした。原作と照らしあわせてみると、映画ではちょっと違う部分もわりとあるのですが、あくまで鳥山先生が描きたかった世界から外れない味付けの範囲にとどめながらシナリオを進めていきました。

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――原作の序盤では、ベルゼブブが人間の子どもに水を渡す姿が描かれています。映画ではその場面は描かれず、子どもが悪魔から水をもらったとラオに話す姿に変更されています。

横嶋:主人公のベルゼブブが、人間である僕たちと一緒に冒険しているような感情を映画のなかで1本通したいという気持ちがありました。「SAND LAND」の世界において、人間側から魔物たちがどう見えているのかを説明するため、ラオを代表する人間側の視点からスタートさせ、ベルゼブブに出会って一緒に旅をする。そんなふうに映画をまとめられたらと思い、最初の展開を考えていきました。

――冒頭のベルゼブブたちが人間から水を奪うシーンも、映画では夜に変更されていますね。ハリウッド映画っぽいサスペンスフルな感じになっていて。

横嶋:冒頭は、人間が悪魔をおそれていることをより強調できたらという狙いでB級ホラー映画的なノリにしています。原作だと鳥山ワールド全開のお茶目な感じではじまって、鳥山作品になじんでいる方にはそれでまったく問題ないと思うのですが、この世界には人間のほかに悪魔や魔物という存在がいるというところから展開していったほうが、鳥山作品にふれていない人にも感情移入しやすくなるんじゃないかと考えました。人間の営みの外側に悪魔がいて、彼らがふだん人間からどう映っているのかみたいなところから入っていって、物語が進むとそれが実は違っていたということが分かるという。

――同じく冒頭で、原作では暑さで死んだと明言されているスライムが描かれていますが、映画ではベルゼブブがスライムに水をかけていますよね。原作のドライな描写も鳥山作品っぽいと思ったのですけれど。

横嶋:そうなんですよね。漫画のドライな感じも鳥山先生らしくて面白いところなんですけど、映画では生き死にに関わるようなことは明確に提示しないほうがいいかなというのがあって、原作サイドにご相談のうえ生きているのか死んでいるのか分からないぐらいの描写にしています。死をどうあつかうかは作品全体のトーンにけっこう関わると思っているので、映画ではあえてグレーな感じにさせてもらっていて。実は、映画のラストにスライムが登場しているんですけどね。

――あ、そうなんですね。旅から帰ってきたベルゼブブたちをむかえる魔物たちのなかにいたのでしょうか。

横嶋:いえ、エンドクレジットと一緒に映るイラストのなかにスライムが描かれているんです。しかも、そのスライムのデザインは鳥山先生が新たに描きおこしてくださって、僕らがイメージするスライムとはまったく違う、今の鳥山先生が描いたスライムになっています。鳥山先生からデザインをいただいたときは、このアイデアをだしてよかったなと思いました。

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――ラオがあやつる戦車とアレが率いる戦車4台による中盤のバトルは、原作ではアレ側が1台になった時点でアレがラオたちの前にでてきて終わりますが、映画では1対1で一騎打ちするところまで描かれています。

横嶋:戦車戦は映画として力をいれたいところだったので、もうひと盛り上がりあると見せ場としていいんじゃないかと思い、追加させてもらいました。どんな戦略で戦わせるかは、戦車のデザインを担当してもらった山根(公利)さんなどにも相談しています。

戦車戦のところは、戦いだけでなく、ラオやアレの心情を見せられる大事な場面でもあったので、一騎打ちするところの2人の心の動きがクライマックスに上手く繋がるといいなと思いながら組み立てていったところでもあります。

――バトルでいうと、最後のベルゼブブと虫人間の戦いもスケールアップされていますよね。原作では単体の虫人間が、映画では複数になっていて。

横嶋:「SAND LAND」は悪魔のベルゼブブが悪者を退治するのではなく、最後は人間同士が決着をつけるという描き方になっていて、最終的にアレがゼウを倒します。原作どおりにアレの見せ場をつくりつつ、ラオとゼウをもう一度向き合わせる流れもありうるのではないかと思い、映画では僕らが“虫人間プラント”と呼んでいる巨大な空母のようなメカを新たに登場させました。さらに虫人間を複数だしてベルゼブブと戦わせることで、いろいろとパズルのピースがはまるんじゃないかと考え、こういうことがやりたいですと鳥山先生に提案してOKをいただけたので、映画最後の盛り上がりとして味付けさせてもらいました。

ベルゼブブと虫人間のバトルシーンは僕が絵コンテを担当していますが、アニメーターさんの力量でふくらませてもらったおかげで迫力のあるアクションになりました。ベルゼブブらしい荒々しさを感じさせるバトルが描けたんじゃないかと思います。

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――3DCGで描かれた「SAND LAND」のキャラクターたちが生き生きとしてみえるポイントのひとつは、目の描写にあるのではないかと思いました。黒目に目力のようなものが感じられて、丁寧な視線の動かし方も印象的でした。

横嶋:目に注目していただいたのは、ちょっと意外でした。目ってアニメーションでは重要な部分で、今はいかにディテールを入れるかという方向が主流だと思います。今回も最初の段階で目をどう描こうかという話になったのですが、鳥山先生の描く目ってシンプルな黒目ですよね。僕から「原作のとおり黒目でやりたい」と話して、ハイライトなどはいれないでいくことになりました。なので、黒目のままアニメーションでどこまで表情がだせるかというのは、正直手探りなところがあったんです。

ベルゼブブたちは漫画でいろいろな顔を見せていて、アニメーションでも表情豊かにしないと成立しませんので、モデリングの段階からいろいろ動かせるよう膨大な数の仕込みをいれてもらっています。それでもCGのキャラクターってだせる表情がかぎられてしまうところがあって、これ以上動かすとポリゴンが壊れてしまうみたいなことがよくあるのですが、今回はそこは無視してでも、とにかく表情を豊かにしてほしいというオーダーをしていました。そこは本当にCGチームの頑張りのおかげです。

――序盤、ベルゼブブがラオを魔物の洞窟に案内するところと、終盤、虫人間プラントのシーンにでてくる、うんちの形をしたサボテンからスモークを出すギミックは原作にはでてこないですよね。

横嶋:でてこないです(笑)

――これは「(Dr.スランプ)アラレちゃん」オマージュなのかなと思いました。

横嶋:鳥山先生の作品が大好きなので、ところどころ鳥山先生の世界観を感じさせるものをまぶさせてもらっている感じです。魔物の里に人間がきたら、魔物たちはどういうリアクションをするのかなと思って、絵コンテの段階では遊園地のアトラクションのようにラオを驚かせようとする魔物たちの様子を描いていたのですが、尺の都合などでカットすることになり、うんちの形をしたサボテンのギミックだけは最後にもう一回でるからと伏線として残すことになりました。

――砂漠の風景を映すところなどでトカゲのような生き物が映っているのも映画的でいいなと思いました。

横嶋:原作をはじめて読んだとき、鳥山先生がキャラクター以外にも生き物をいろいろ描かれているのが印象に残ったんです。水のない過酷な環境の砂漠にも、いろいろな生き物がいるというところにメッセージ性のようなものを感じたので、制作的には大変なのですが、最初から生き物をなるべくいれていきたいですと話して多く配置しています。そういったところが「SAND LAND」の世界観でもあり、子どもの頃から触れてきた鳥山作品に通底する大事な世界観のひとつじゃないかと感じています。人間だけでなく悪魔もいる。そして、別の生き物たちもいっぱいいるよっていう。主要な登場人物だけでなく、魔物や生き物たちも魅力たっぷりなので、見ていただいた方それぞれに好きなキャラクターを見つけていただけたらうれしいですよね。そして、エンドクレジットで出てくるスライムにもぜひ注目していただけたら(笑)

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