コラム:芝山幹郎 娯楽映画 ロスト&ファウンド - 第1回
2014年4月11日更新
ディープな英国コメディ
ずば抜けて面白いのは「ショーン・オブ・ザ・デッド」だ。「Spaced」で出発したペッグ+フロスト+エドガー・ライト(監督)の強力トリオはこれで初めて映画に進出したわけだが、とにかく笑える。
ロンドンで新型インフルエンザが流行り、ゾンビが大量発生するなか、主人公のショーン(サイモン・ペッグ)とルームメイトのエド(ニック・フロスト)が、生き残った数人とチームを組んでゾンビの大群と戦う。武器はクリケットのバット。立てこもる砦は〈ウィンチェスター〉という行きつけのパブ。
ライトは、カット尻の短いショットを素早くつなぎ、タイミングのよさとスピード感を作り出していく。私が笑ったのは、ふたりがビニール盤のLPレコードを回転鋸代わりに投げ、ゾンビの頭部を切断しようとする場面だ。ふたりは、そこでレコードを選ぶ。〈パープル・レイン〉は駄目とか、〈バットマンのテーマ〉はOKとか、〈ダイアー・ストレイツ〉は即投げろとか、その辺の外し方が絶妙なので、私は腹を抱えてしまった。しかも彼らは、その合間に四文字言葉を連発する。あとで資料を調べてみたら、この映画には「ファック」という単語が77回も出てくるそうだ。
とまあそんな具合で、「ショーン・オブ・ザ・デッド」は「ノンストップときどきまぬけ」というコメディの王道を驀進する。ペッグとフロストはともに身体がよく動くし、愛嬌もたっぷり振りまく。だが、もっと感心したのは、彼らの口から飛び出す負け惜しみと屁理屈とこじつけのオンパレードだ。
おお、と私はつぶやいた。古くは「ノーマンのデパート騒動」(53)のノーマン・ウィズダムや「暗闇でドッキリ」(64)のピーター・セラーズ。少し下っては大傑作TVシリーズ「フォルティ・タワーズ」(75~79)のジョン・クリーズ。歴史を振り返ってみれば一目瞭然だが、これは英国コメディのお家芸といっても過言ではない。彼らは凄まじく負け惜しみが強く、無茶苦茶な理屈でひたすら強弁し、なにがなんでも相手を言いくるめようと突っ張る。
ライト+ペッグ+フロストの黄金トリオも、この特性をしっかりと受け継いでいる。「ワールズ・エンド」のペッグを見れば、その体質は明らかだ。失敗だらけの人生を送っている不良中年が、世間を相手に減らず口を叩き、宇宙からの侵略者を相手に抵抗しつづける。中盤に用意された大胆な転調が違和感をもたらさないのは、この体質あってのことだ。デッドパン(仏頂面)の隠し技や、スラップスティックの荒技も、この体質があるからこそ効き目が強くなる。
聞くところによると、ライトとペッグはコーエン兄弟の爆笑映画「赤ちゃん泥棒」(87)が、フロストはウェス・アンダーソンの長篇第1作「アンソニーのハッピー・モーテル」(96)が大好きと公言しているそうだ。どちらも納得のチョイスだが、もう少し時間が経てば、彼らは英国コメディへの愛情告白をはじめるのではないか。あのディープな世界を自分たちが継承しているという事実を、彼らが軽視するわけはないと思う。