コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第92回
2021年2月26日更新
フランス人監督が撮った「東洋の魔女」 64年東京五輪、日本女子バレーのドキュメンタリ-がロッテルダムでお披露目
オリンピックに関する議論がたけなわの今日、外国人映画監督が日本のチームを描いた、ユニークで感動的なスポーツ・ドキュメンタリーが登場した。世界中から「東洋の魔女」と謳われ、1964年東京オリンピックでみごと金メダルに輝いた日本の女子バレーボール、日紡貝塚チームを描いた「Les Sorcières de l'Orient (東洋の魔女)」だ。2月にオンラインで開催されたロッテルダム国際映画祭でワールドプレミアを迎えた。
監督は1978年生まれのパリ在住フランス人、ジュリアン・ファロ。長編1作目でジョン・マッケンローのドキュメンタリー、「L’Empire de la perfection(原題)」(2018)を制作し、本作が2作目にあたる。当時のアーカイブ映像と、日本で新たに撮影した当時のメンバーの方々の近況、そして「アタックNo.1」のアニメの抜粋を混ぜて構成されている。
そもそも東京オリンピックの年はまだ生まれてもいなかった彼がなぜ、日本の女子バレーボール・チームに興味を持ったのか、というところからドキュメンタリーに着手する経緯を、ファロ監督が語ってくれた。
「わたしは15年前から柔道を習い、映画などの日本文化に傾倒してきました。現在フランスの国立スポーツ体育研究所(INSEP)の映像管理部門で働いているのですが、そこには研究のために撮影されたアーカイブ映像が所蔵されています。あるとき仕事でインタビューをしたバレーボールのコーチから、日紡貝塚チームと大松博文監督のことを聞きました。彼自身、日本チームのメソッドから大きな影響を受けたそうで、東京オリンピックの映像を見せてくれたのです。わたしはその映像を見て、彼女たちのレベルの高さ、そのスピード、そして『回転レシーブ』などの過酷なトレーニングの様子に圧倒され、とても興味を惹かれました。と同時に、それらを見てどこか懐かしい思いもあったのですが、それは87年にフランスに入ってきた日本のテレビアニメ『アタッカーYOU!』を観て育ったからです。そこから日紡貝塚チームについてリサーチを始め、映画にできるような多くの素材があることを発見しました」
映画ではINSEPが所蔵するフィルムの他、ロシアにあった1962年モスクワで開催された世界選手権の映像、また大日本紡績貝塚工場で撮影されたトレーニングの映像などが用いられている。
ファロ監督がもっとも感銘を受け、映画の柱にもなっているのが、当時「鬼の大松」と呼ばれた大松監督と選手たちとの絆だ。とくに選手たちは、工場で他の工員同様に働きながら、夕方から練習を開始し、オリンピック前は就寝およそ4時間という驚くべきスケジュールでハードな練習に耐え抜いた。現代では考えられないような、パワハラすれすれの特訓とも言えるが、それは監督と選手相互の強い信頼があってこそだったということを、ファロ監督は強調する。
「わたしは日本文化を少々かじっている経験から、日本における師弟の関係というのは特別なものがあると感じていたのです。この映画のなかで選手たち自身が語っているように、彼女たちにとって大松監督は父であり、ときには憧れの男性のような存在だった。一緒にチャンピオンを目指すうえで、完全な信頼関係にあったのです。もうひとつ驚いたのが、彼女たちのうち何人かは戦争孤児だったということ。そういう点でも大松監督は親のような存在だったのでしょう。この作品はある意味戦後の日本のポートレートでもあるのです」
映画では東京が空襲で焼け野原になったところから短期間で復興し、東京オリンピックが日本人にとって心の復興でもあったことが表現されている。そんななかで女子バレーチームが金メダルを取り、涙を流す様子や、その思いを今日回顧する元選手たちの言葉には、当時を知る人も知らない人も心を動かされるに違いない。それにしてもこうした作品が外国で製作されるとは、嬉しい驚きではないか。
現在映画館が閉鎖しているフランスではいまだ公開待機中だが、日本でも諸々の権利がクリアになり次第、配給される見込みとのことなので、遠からず披露される機会が訪れることを期待したい。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato