コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第84回
2020年6月25日更新
フランスでは6月22日に、約3カ月ぶりに映画館が再開した。外出制限下に、自宅で映画を観ることに慣れてしまった観客が果たして映画館に戻ってくるか、というのが関係者にとって最大の懸念であったが、初日の状況を観る限り、新型コロナウイルスの影響はあまり感じられない印象だ。
時計の針が0時を回った途端、新作「Les Parfums」の披露試写会を開いたパリの映画館、5Caumartinでは、90人の定員のところに117人が集まったため、急きょ2つめのスクリーンをオープンさせたほど。これには舞台挨拶に立ったグレゴリー・マーニュ監督と主演のエマニュエル・ドゥボスも嬉しい驚きを見せていた。
また27スクリーンを持つパリの代表的なシネコンUGC CINE-CITE LES HALLESでは、各作品の初回の動員数の合計が421人で、ふだんの月曜の成績を上回ったという。ちなみにわたしが旧作を観に行った映画館も、シアターの半分がほぼ埋まっていた。
映画館の再始動にあたっては、行政の指導のもとに定められた衛生ガイドラインが用いられた。たとえば定員は座席数の半分とし、観客は一人ないしはグループごとに空席をもうけること、入り口に消毒ジェルを設置し、手すりなどの清掃をこまめにすること、上映ごとに換気に気を配り、シネコンの場合はホールの密集を避けるため上映時間をずらすこと、観客にとってマスクは義務でないもののなるべく付けることが好ましい、など。
もっとも、出足の様子を見る限り、観客が映画館に来ることを怖がっている様子はあまり感じられない。むしろ「映画は映画館でこそ観たい」「他の人と一緒に観る感覚が好き」「友達や恋人と一緒に観て、観たあとに話し合いたい」といった意見が聞かれた。
問題はむしろ、定員が半分になった今、上映回数が限られている以上、これまでと同じペースで興収を得ることができないことだろう。その一方、コロナによる中断の煽りを受け、公開ラッシュを迎える今後、ひとつの作品が長く映画館に留まるのはなかなか難しい。映画館に人が戻っても、しばらくは業界関係者にとって厳しい状態が続くのは避けられないと思われる。
打撃を受けるのは興行だけではない。コロナは映画の制作現場にも深刻な影響を与えている。組合が合意したガイドラインによれば、撮影現場は50人を上限とし、新型コロナの専門家のカウンセラーと介護師、プロップ(小道具などすべての物品)の衛生管理専門のスタッフを用意することが義務づけられている。またヘアメーク、衣装などのスタッフはマスクを着用。ラブシーンをはじめとする密接なシーンは、脚本から排除できない場合は、毎日撮影前に俳優の検診と体温測定をしなければならない。もちろん俳優同士が合意するのが前提である。
これらは必然的にコストがかかるため、予算も増える。これまでの保険会社の契約ではパンデミックの影響はカバーされないため、現在、国が制作費の最大20パーセントまでを補填することが発表された。今後は保険も対応するものが作られるのか、まだまだ未知数のことは多く、プロデューサーは頭を抱えている。
果たして、コロナの影響は今後の映画界をどう変えていくことになるのか。予断を許さない事態である。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato