コラム:ご存知ですか?海外ドラマ用語辞典 - 第10回
2020年10月16日更新
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの業界用語を通じて、ドラマ制作の内部事情を明かします。
米ドラマ脚本の基本「4幕構成」とは?CMで視聴者を逃さないテクニックを解説
【今回の業界用語】
4幕構成(The Four Act Structure):アメリカの1時間ドラマの基本構成。1時間ドラマを4分割し、CMに入る前に続きが気になるイベントを発生させる。アメリカの1時間ドラマの基本構成。最近は第1幕の前に「ティーザー」、第4幕のあとに「タグ」といった短い部分を加えるなど多様化している。
日本のバラエティ番組は、コマーシャル(CM)に入る前に「答えはこのあと!」などと煽ることが多い。視聴者の好奇心を掻き立て、CMのあいだにチャンネルを変えさせないための工夫だ。実は、この手法はアメリカのテレビドラマでも用いられている。さすがにテロップを出したり、ナレーションで訴えたりするような露骨なことはしないが、CMに入る前に続きが気になるイベントを発生させている。主人公が絶体絶命に陥った様子を見せたまま、結末を見せずに物語を終了させる手法をクリフハンガーと呼ぶが、アメリカのドラマにはコマーシャル前に必ず小さなクリフハンガーがあるのだ。
あいにく日本で海外ドラマを見る場合、ソフトにせよテレビにせよ配信にせよ、CMが抜かれている場合がほとんどなので、本国で視聴するよりもこの点は分かりづらい。だが、基本構造を把握すると、アメリカのドラマに対する理解が一気に深まるはずだ。なぜなら、ほとんどの人気ドラマは毎回同じパターンを繰り返しているからだ。
映画館で提供される映画と異なり、お茶の間で消費されるテレビドラマは、同じ映像作品でも大きなハンデを負っている。作り手がどれだけ物語世界に没頭させようとしても、視聴者はCMのたびに現実に引き戻されてしまう。2時間ものあいだ、真っ暗な映画館で観客の視覚と聴覚を支配できる映画とは根本的に違うのだ。そんなハンデを抱えるドラマの作り手たちと、CMをきちんと見てもらいたいテレビ局は、4幕からなる米ドラマの基本構成を作り上げた。
コンセプトは至って簡単で、1時間のドラマをAct 1(第1幕)からAct 4(第4幕)まで均等に分割する。幕のあいだにCMが流れるので、各幕の終わり、つまりCMに入る直前に続きが気になるようなイベント(=クリフハンガー)を発生させ、視聴者が見続けてくれるように仕向けたのだ。
いまではこの4幕構成は進化を遂げて、第1幕の前にTeaser(ティーザー)と呼ばれる前振りを加えたり(ティーザー+4幕)、第4幕のあとにTag(タグ)と呼ばれるおまけを加えたり(4幕+タグ)、その両方をつけたり(ティーザー+4幕+タグ)、タグを延長して5幕構成にしたり(4幕+1幕)と、さまざまなバリエーションが生まれている。だが、基本が4幕構成であることには変わりがない。
この構成で制作された刑事や医師、弁護士などのプロフェッショナルが、さまざまな問題に対処するさまを描く1話完結型ドラマは、だいたいこんな感じになる。
■ティーザー
※オープニングタイトルが出るまでの短いブロック。今回のエピソードの葛藤をチラ見せし、視聴者を「ティーズ(tease)」する。「tease」とは、「じらして興奮させる」という意味。
↓
■オープニングタイトル
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<CM>
↓
■第1幕
日常生活を送っている主人公が、“事件”に遭遇!
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<CM>
↓
■第2幕
主人公がスキルや経験を生かして対処に乗り出す。初めは簡単に思える。だが、事態は意外な方向へ!
↓
<CM>
↓
■第3幕
主人公が機転を利かせて対応し、すべてが解決。が、実際には状況は悪化しており、主人公はどん底に突き落とされる!
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<CM>
↓
■第4幕
途方にくれた主人公はやがて真の解決法を見いだし、事態は収束。大団円を迎える。めでたし、めでたし。
↓
<CM>
↓
■タグ
※エンドクレジットと一緒に流されることが多いおまけの部分。タグとは「ぶらさがっているもの」という意味で、スピーチや舞台では締めの部分を指す。エピソードの総括や登場人物に絡んだジョーク、あるいはシーズンを通じたストーリーに関するクリフハンガーなど。
ティーザーとタグの有無はドラマによって異なるが、犯罪捜査ドラマ「CSI」シリーズから政治ドラマ「ザ・ホワイトハウス」、医療ドラマ「Dr. HOUSE」、スーパーヒーロードラマ「THE FLASH フラッシュ」まで、1話完結型ドラマはすべてこのパターンになっている。
この手のドラマはProcedural Drama(手続きドラマ)とも呼ばれ、毎回、プロフェッショナルたちが問題を解決する手続きを描いている。つまり、脚本家チームが問題を思い付く限り、いくらでもドラマを続けていくことができる。
一方、「LOST」や「ブレイキング・バッド」、「ゲーム・オブ・スローンズ」、「ウォーキング・デッド」ように1話で完結しないドラマは、Serial Drama(連続型ドラマ)と呼ばれる。こちらはProcedural Dramaほど各幕で起きる出来事がパターン化していないし、それぞれの幕の長さがフレキシブルだ。それでも、たとえばNetflixの大ヒットドラマ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」の第1話を見直してみてみると、「ティーザー+4幕」で出来ていることがわかるはずだ。
興味深いのは、先にあげた「ストレンジャー・シングス 未知の世界」や「ゲーム・オブ・スローンズ」(HBO)をはじめ、「ハンドメイズ・テイル 侍女の物語」(Hulu)、「ハンナ 殺人兵器になった少女」(Amazon)など、CMが存在しない配信プラットフォーム向け作品が4幕構成を取り入れている点だ。これらの作品はCMで分断されないので、旧来の構成に縛られず、もっと自由に作っていいはずだ。それでも伝統が踏襲されているのは、ショーランナーが4幕構成ドラマで経験を積んでいることに加えて、10~15分ごとに小さなクリフハンガーを提供するストーリー構成こそが、視聴者の興味を引きつけ続けるために有効だからではないだろうか。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi