コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第52回
2004年4月2日更新
それにしても、最近は取材がよく流れる。「コールド・マウンテン」でのニコール・キッドマン取材も、「24」のキーファー・サザーランド取材もドタキャン、「ロスト・イン・トランスレーション」のソフィア・コッポラと「キル・ビルVol.2」のタランティーノを対談させてしまおうという夢の企画も、スケジュールが二転三転して、そろそろ実現しない可能性のほうが高くなってきた。最近では予定通りに取材が行われることのほうが、むしろ珍しくなってきている。
ぼくは器用なほうではないので、こう変更が多いと、その対応に追われているうちに、いっぱいいっぱいになってしまう。インタビュー会場に行って、「あれ、なんの取材だったっけ?」などと戸惑うこともあるくらいだ。こんなんじゃダメだと反省しているのだけれど、キャパシティの小ささだけはどうしようもない。
「エターナル・サンシャイン・オブ・スポットレス・マインド」を観たのは、ちょうどそんな精神状態のときだった。脚本がチャーリー・カウフマンで、主演がジム・キャリーということぐらいの知識しかなく、それ以外は、やたらと長いタイトルだなあ、という印象しか持っていないかなった。試写が始まる前も体がだるくて、眠ってしまわないかと心配していたほどだ。
でも、「エターナル・サンシャイン」を観たあとのぼくは、使い切ったバッテリーがフルに充電されたように、完全に生まれ変わっていた。これほど刺激を与えてくれた映画なんて、これまでの映画鑑賞歴を振り返ってみても、数えるほどしかない。
複雑な映画なので簡単に説明することが難しいのだけれど、挑戦してみる。
主人公のジョエル(ジム・キャリー)と、恋人のクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)は倦怠期のまっただなかにいる。ある日、ささいなケンカがきっかけで、衝動的な性格のクレメンタインは、記憶消去の手術を受けてしまう。ジョエルとの過去を完全に忘れて新たな人生を歩み出したクレメンタインを見て、ジョエル自身も同様の手術を受ける決意をする――。
映画は、ジョエルの記憶消去手術を手がけるテクニシャンたち(マーク・ラファロ、イライジャ・ウッド、キルステン・ダンストら)のストーリーと、ジョエルの頭のなかのクレメンタインとの思い出が、パラレルで進行していく。最近の記憶から過去にさかのぼって除去が行われていくので、ラブストーリーが逆回転で進行していくことになる。恋愛版「メメント」といえば、わかりやすいかもしれない。
ジョエルの記憶からクレメンタインが消去されていくビジュアル表現は、天才映像作家ミシェル・ゴンドリー監督の面目躍如である。ジム・キャリーやケイト・ウィンスレットらキャストみんなは楽しんで演技をしているし、エレン・クラスの手持ちカメラも、ジョン・バイロンの音楽も、ヴァルディス・オスカードゥティルの編集も、すべてが一級品だ。
でも、一番すごいのは、チャーリー・カウフマンが執筆した脚本だ。大胆な設定やリアルな人間描写、倒錯したユーモアセンスなどはそのままに、これまでの作品に見られなかった温かみや優しさが加わり(ここらへんは、原案に参加したミシェル・ゴンドリーの影響かもしれない)、こんがらがったストーリーに落とし前をつけることにも成功している。そのため、大胆かつ完成度の高い、まったく独創的な作品に仕上がっている。
知的なパズルを解く楽しみを味わえて、同時に胸をめいっぱい締めつけられる。頭とハートを同時に刺激される映画なんて、初めてだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi