コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第50回
2004年2月5日更新
たぶん、今年のアカデミー賞でみんなが注目しているのは、渡辺謙がノミネートされた助演男優賞部門だと思う。もちろんぼくも応援しているけれど、「ラスト・サムライ」の全米人気が今ひとつなので、可能性はそれほど高くないと思う。残念ながら。
むしろぼくが期待を寄せているのは、ビル・マーレイの主演男優賞である。この部門にノミネートされた5人のうち、ジョニー・デップ(「パイレーツ・オブ・カリビアン」)とジュード・ロウ(「コールド・マウンテン」)、そして、ベン・キングスレー(「砂と霧の家」)の評価は高くない。それだけに、ビル・マーレイ(「ロスト・イン・トランスレーション」)のチャンスは十分ある。
一番の問題は、同一カテゴリーに「ミスティック・リバー」のショーン・ペンがいることだ。ショーン・ペンが名優であることは疑いようもない事実で、じっさいあの映画での演技も素晴らしかった。でも、だからこそ、マーレイに取らせてあげたいのだ。
ビル・マーレイほど、過小評価されている俳優もいないと思う。それは彼がコメディアンである上に、よく、ひどい映画に出てしまっているせいなのだが、「恋はデジャ・ブ」や「天才マックスの世界」のような素晴らしい脚本に巡り会えたとき、彼はものすごい力を発揮する。じっさい、やる気のない中年役をやらせたら、彼の右に出る人はいないと思う。
「ロスト・イン・トランスレーション」でのボブ・ハリス役は、これまでのキャラクターとちょっと違う。やる気がないところはいつも通りなのだけれど、スカーレット・ヨハンソン演じるシャーロットに注ぐその眼差しは、プラトニックな愛情に満ちあふれている。これほど温かみに溢れたキャラクターを演じたのは、おそらく初めてではないだろうか。
考えてみれば、ショーン・ペンとビル・マーレイは似てなくもない。ハリウッドから距離を置くペンと、エージェントに自分の連絡先すら教えないマーレイ(彼を起用したければ、プロデューサーは自ら居場所を突き止めなくてはいけないのである)は、ともにアウトサイダーだ。2人を隔てるのは、ドラマ俳優かコメディ俳優かの違いである。
ご存じの通り、映画賞ではコメディよりもドラマのほうが圧倒的に強い。だから、授賞式でも、ショーン・ペンの名前が呼ばれる可能性が非常に高い。それでも、ビル・マーレイを応援してしまうんだよな。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi