コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第38回
2003年2月1日更新
「全部の作品に賞をあげたいくらいよ」
ゴールデン・グローブ賞の直前、知人の映画ライターさんは、こんなことをおっしゃっていた。彼女は同賞を選考するハリウッド・フォーリン・プレス・アソシエーション(略してHFPA)のメンバーで、すでに投票は済ましていたのだが、苦渋の選択だったという。
「ものすごく迷ったのよ。ノミネート作をみんなDVDで見直したぐらいだから」
たしかに、今年度ほど、選考に困る年もない。不作だったと言う人がいるけど、良作はむしろ例年よりも多かったと思う。「アダプテーション」「アバウト・シュミット」「シカゴ」「めぐりあう時間たち」「戦場のピアニスト」など、賞レースで争っている作品は、どれも非常にレベルが高い。が、しかし、どの作品も小粒というか、パンチに欠けているのも事実である。たとえば、去年アカデミー賞に輝いた「ビューティフル・マインド」は、大衆性と芸術性を兼ねそろえた、嫌味なぐらいアカデミー向きの作品だった。しかし、今年の良作たちは、「シカゴ」をのぞいて、ちょっと芸術性に偏重している。逆に、「シカゴ」の方は完全な娯楽映画で、テーマ性に乏しい。なかなかうまくいかないものである。
昨年同様、ここらへんでアカデミー賞予想をしてみようと思うのだけど、こういう事情があってなかなか腹が決まらない。オスカーレースは、「シカゴ」を「めぐりあう時間たち」が追うという展開なので、この勢いが持続すれば、作品賞と、助演女優賞(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)は「シカゴ」で決まり。で、「めぐりあう時間たち」からは、主演女優賞(ニコール・キッドマン)が一番可能性が高いように思う。
男優賞のほうは、ちょっと難しい。主演男優賞は、実力でいえば「アバウト・シュミット」のジャック・ニコルソンだが、すでに3回も受賞しているので(「カッコーの巣の上で」「愛と追憶の日々」「恋愛小説家」)、会員も投票をためらうはずだ。と、なると、「シカゴ」でタップダンスを披露したリチャード・ギアと、「アダプテーション」で一人二役を演じたニコラス・ケイジの可能性がアップしてくる。アカデミー賞受賞歴がないという点ではリチャード・ギアが有利なのだが、彼の出演時間は、他の2人に比べてずっと少ない。となると、やっぱりニコルソンか。
助演男優賞は「アダプテーション」のクリス・クーパーか、「ギャング・オブ・ニューヨーク」のダニエル・デイ=ルイス。ミラマックスがバックについているということで、デイ=ルイスが優勢だろう。
監督賞は、ぼくが唯一自信を持って予想できるカテゴリーだ。これは「ギャング・オブ・ニューヨーク」のマーティン・スコセッシ監督で決まりだろう。同作の評価は分かれるところだけれど、彼がアメリカ映画界の巨匠であることはだれもが認めるところで、しかも、これまで3度もノミネートされていながら、一度もアカデミー賞を受賞していない。功労賞の意味合いもかねて、監督賞が贈られるのではないかと思う。
と、ここまで書いたところで、すでに気持ちがぐらついてきた。作品賞は「めぐりあう時間たち」だとか、主演男優賞はやっぱりリチャード・ギアかもしれない、とか。部外者が予想するだけでもこれだけ大変なのだから、じっさいに投票する人は、ほんと辛いと思う。
ゴールデン・グローブ賞の選考で悩んでいたHFPAの映画ライターさんに、直撃した。
「で、結局なにに投票したんですか?」
「ええっと、最後の最後まで悩んだのよ。で、結局、なにを選んだかっていうと」と、彼女は記憶を糸を辿っていく。しばらくして、彼女は苦笑した。
「忘れちゃった!」
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi