コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第353回
2024年6月4日更新
ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
ハリウッドの映画スタッフを苦しめる「ランナウェイ・プロダクション」とは
かつてロサンゼルスをドライブしていると、そこかしこでロケーション撮影をみかけたものだった。大型トラックが数台並び、レストランやオフィスビルが幕ですっぽり覆われていたり、その前に大型照明が設置されていたりする。その前をすぐに通り過ぎてしまうので、撮影中のものが映画なのかドラマなのか、あるいはCMやミュージックビデオなのかは判別できないけれど、常にいたるところで何らかの撮影が行われていた。
だが、コロナ禍を機にその光景は消え去り、収束したいまでもほとんど目にしなくなった。はじめは自分が選択するルートの問題かと思っていたけれど、最近のロサンゼルス・タイムズ紙の「ハリウッドクルーの『危機』。仕事減で『誰もがパニック状態』」という記事で、それが実情であることがわかった。
ロサンゼルスでロケ撮影の許認可を担当する非営利団体「FilmLA」の報告によると、2024年第1四半期のロサンゼルスでのロケ撮影は、前年同期比で8.7%減少。特にテレビ制作は16.2%減と大きく落ち込んでいるという。しかも、比較対象の2023年第1四半期は、ストライキを控えて各スタジオが製作本数を大幅に減らしていた。
ロサンゼルスでのロケ撮影が激減した最大の要因は、昨年の米脚本家組合(WGA)と米俳優組合(SAG-AFTRA)によるダブルストライキがある。これによって、スタジオや動画配信サービスは制作本数とテレビシリーズのエピソード数を削減。ストライキが終わったいまも、元のペースには戻っていないという。
さらに、ロサンゼルスやカリフォルニア州を離れ、税優遇措置を提供する他州や他国に制作拠点を移す「ランナウェイ・プロダクション」(直訳すると「逃亡制作」)も加速。とくにイギリスやニュージーランド、オーストラリアといった外国では税優遇措置や為替のメリットに加えて、クルーに組合員を起用する必要がないため、より低いコストで雇うことができる。もちろん、監督や脚本家、そしてメインの俳優に関しては、DGAやWGA、SAG-AFTRAなどの業界組合との契約を遵守する必要があるが、現地雇用でこれらの団体に所属していないクルーに関しては別だ。かくして、ロサンゼルスを拠点にする制作スタッフたちは大幅な仕事減に苦しんでいるという。
実は、撮影技師や編集者、照明、ヘア、メイク、衣装、小道具、大道具、VFXアーティストなどのスタッフは「国際劇場舞台従業員連盟」(IATSE: International Alliance of Theatrical Stage Employees)という組合に所属している。IATSEは、映画スタジオと動画配信サービスの業界団体AMPTP(Alliance of Motion Picture and Television Producers)との労使交渉中だ。先に行われたDGAやWGA、SAG-AFTRAの労使交渉と同様、IATSEも給与増や印税、AIの使用制限を求めて話し合いが行われている。だが、他州や外国に制作が流れてしまっているいま、彼らを取り巻く状況が改善する見込みは少なそうだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi