コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第284回
2017年2月9日更新
第284回:「ラ・ラ・ランド」作詞家コンビはブロードウェイでも大活躍!その新作ミュージカルとは…
実はミュージカルが大嫌いだった。感情の高ぶりを、歌やダンスで表現する演劇形式であると頭で理解していても、普通にセリフを話していたキャラクターがいきなり熱唱をはじめると、置いてきぼりにされてしまう。そんなぼくにミュージカルの魅力を気づかせてくれたのが、「ラ・ラ・ランド」だった。歌への入り方がとてもスムーズで、通常映画の空想シーンやモンタージュの一種として受けとめることができる。おかげで、初めて心躍るミュージカル体験ができた。
すっかりミュージカルの虜(とりこ)になったぼくだが、「ラ・ラ・ランド」のサウンドトラックを毎日聴き、飛行機での出張のたびにDVDで鑑賞することになった。でも、さすがに映画を6回ほど見るころには、新しいミュージカルを探すべきだと気づいていた。
かくして、昨年12月にブロードウェイで開幕したばかりのミュージカル劇「Dear Evan Hansen」に挑戦することにした。数多のミュージカル作品のなかでこれを選択したのは、「ラ・ラ・ランド」の全作詞を手掛けたベンジ・パセックとジャスティン・ポールのコンビが音楽と作詞を手掛けているからだ。映画にせよ、音楽にせよ、気に入った作品に出会ったら、クリエイターつながりで世界を広げていくのが、10代から変わらないぼくのやり方だ。もちろん、ニューヨーク・タイムズ紙が「心臓が動いている人なら誰にもお勧めのゴージャスな新ミュージカル」と絶賛していたことも背中を押した。さらに、パセックとポールが音楽を務めているヒュー・ジャックマン主演のミュージカル映画「The Greatest Showman」のセット取材をしたばかりだというのもある。かくしてブルックリンでの取材後、ブロードウェイのミュージック・ボックス・シアターに向かうことになった。
物語の主人公エバン・ハンセン(ベン・プラット)は17歳の高校生だ。シャイで対人恐怖症の彼には、友達と呼べる存在が1人もいない。最近、腕を骨折してギプスをしているのに、誰にもサインしてもらえずにいる。そんなエバンは、精神科医の勧めで、自分あてに手紙を書いている。これが「親愛なるエバン・ハンセンさまへ」という題名の由来だ。
そんななか、同級生の自殺という痛ましい事件が発生する。男子高校生のコナーは遺書を残さず、親しい友達もいなかったため、自ら命を絶った原因が誰にも分からない。だが、遺品からエバンあての手紙が発見されたことから、エバンと親交があったと勘違いされてしまう。実際にはエバンが自分自身に書いた手紙をコナーが奪い取っただけなのだが、遺族を慰めるため、エバンはウソをつく。コナーとは唯一無二の親友だった、と。
このウソがきっかけとなり、エバンの生活が激変する。息子の話が聞きたいというコナーの両親の誘いを受けて、彼の自宅に入り浸るようになる。貧しい母子家庭で育ったエバンにとって、コナーの家族との交流は夢のようだ。厳しいが頼もしい父、いつもそばにいてくれる母、密かに恋心を抱いていた妹のゾーイ。彼らとの関係を維持するために、エバンはコナーとの思い出をでっちあげていくわけだが、やがてそのウソが感動ストーリーとしてSNSを通じて拡散していってしまう、というのがおおまかなストーリーだ。
10代の自殺というシリアスな出来事を盛り込んでいるものの、内気な高校生がウソを上塗りしていくことで人気者になっていくコメディタッチの展開になっている。SNSの持つ影響力がストーリーに大きく絡んでいるところがとても現代的で、舞台もTwitterのような画面が大きくフィーチャーされている。だが、その核は不安を抱えた孤独な若者と、彼らの親たちを題材にした普遍的な青春ドラマで、ありったけのハートと素敵な音楽にあふれている。鑑賞後、すぐにサウンドトラックを入手した。ぼくのなかで、「Dear Evan Hansen」ブームがはじまったようだ。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi