コラム:細野真宏の試写室日記 - 第291回
2025年9月19日更新

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
試写室日記 第290回 アニメ「チェンソーマン」の制作会社MAPPA。劇場版「レゼ篇」の単独出資の勝算は?

(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA
今週末9月19日(金)からコミック「チェンソーマン」の人気エピソードをアニメーション映画化した「チェンソーマン レゼ篇」が公開されました。経済的な視点で注目したいのは、少なくとも日本では“非常に珍しいお金の流れ”となる仕組みでしょう。
通常のテレビアニメや映画の場合には製作委員会といって、映画会社、テレビ局、出版社、広告代理店、制作会社などが共同で出資して作品を作ります。
そして、製作委員会に入っている会社が、それぞれの強みを活かしてPRをして、テレビ局で放送したり、配信をしたり、DVDなどを売ったりすることで利益を得るようにしていきます。
一般に劇場公開の映画はコケる可能性が低くはないので、そのリスクを分散させるのが重要にもなるのです。
そのため、いくつかの会社が集まって出資する「製作委員会」という方式が一般的なのです。
そんな製作委員会方式が常道になっている今、この「チェンソーマン」のアニメ化においては非常に珍しい試みが行われています。
それは、アニメを作る制作会社のMAPPAが、出資する「製作」まで、すべて自社だけで担っているのです!
これはテレビアニメ化から行われていて、その延長で作った続編的な作品が今回の映画。当然、制作と製作はMAPPA単体になっています。
まさに今回の「レゼ篇」は、テレビアニメ版12話の直後から続く物語となっていて、それをテレビアニメ版のようにオープニングとエンディングを入れて、100分間のコンテンツに仕上げています。

(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA
この単独出資のメリットには、儲かればすべて1社で利益を独占できる、という点がありますが、逆にうまくいかなかった場合には損失をすべて1社で負わなければならない、というシビアなデメリットもあります。
今回の「チェンソーマン」における試みで興味深いのは、一般的に立場が強くないアニメの制作会社が単独出資をしている、という点です。
アニメの制作会社は、基本的には規模が大きくなかったり(受注して仕事を引き受けるのが基本で)資金に余裕のない場合が少なくないので、大作映画をアニメの制作会社1社だけで製作するというのは、非常にレアなケースなのです。
例えば、今回の劇場版「チェンソーマン レゼ篇」における制作費は6億円以上だと想定しています。この制作費をMAPPA1社で出資するわけです。
映画を映画館で上映するので配給会社は東宝が担っていますが、東宝が行うのは主に宣伝と、映画館に映画を届ける受託配給です。
この単独出資のモデルだからこそ実現できたと思われる仕組みとして、テレビアニメ版の全12話において、エンディングの楽曲と映像がすべて異なる、という挑戦的な試みがありました。

(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA

(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA
これはビジネス的にプラスとマイナスの両面があるといえます。
プラスの面は、参加するレーベルやアーティストとしては、“「チェンソーマン」のエンディング曲”として売り出すことができるので箔付けができます。
そして、毎回、その楽曲に合うようなエンディング映像が作られていたので、アーティストのファン層に「チェンソーマン」のコンテンツを広めることも可能になります。
おそらくテレビアニメ版におけるCMのメインスポンサーが「ソニーミュージック」だったこともあり、このような珍しい手法を実現できたのかもしれません。
一方のマイナス面は、楽曲が基本的に1話限定でしか流れないので、通常の“毎回流れる”場合と比べて記憶に残りにくくなるため、1曲あたりのプロモーション効果が弱いという点でしょう。
実際に、私は全12話を今週になってからイッキ見したのですが、聞いたことがあったのは、7話のエンディング曲の「ano」の「ちゅ、多様性。」だけでした。
余談ですが、この「ちゅ、多様性。」という楽曲ではサビの部分で「Get on chu」と軽快なリズムで歌われていましたが、アニメの方では、女性が“嘔吐”した状態でのキスシーンで使われていて割と衝撃的でした。

(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA
例えばこのエピソードに「チェンソーマン」という作品特有の強い個性があるように感じます。
ファミリー向け作品といった万人向けの作風ではなく、やや人を選ぶ作品の部類だと思います。
MAPPAは「呪術廻戦」のアニメの制作も担当しています。一見すると同じ「少年ジャンプ」系の作品で雰囲気も似ているのですが、Blu-ray、DVDの売り上げなどでは圧倒的に「呪術廻戦」が上回っています。
さて、宣伝費を主としたP&A費を2.5億円とし、「チェンソーマン レゼ篇」が劇場公開だけでリクープする(資金回収する)には、仮に制作費を6億円とすると、興行収入で21.5億円が必要になります。
果たしてこれをクリアできるのかが焦点といえます。
「チェンソーマン」の成否に関わるのは、藤本タツキという原作者の存在は小さくないように思えます。
読み切り漫画をアニメ化した「ルックバック」が2024年6月28日に「上映時間58分で鑑賞料金の割引が一切ない1700円均一」という特殊な形態で公開されました。
この作品は僅か119館での公開でしたが「口コミ」効果が大きく作用して最終的に興行収入20.4億円を記録したのです!
初速における「週末3日間の動員:13万5410人」には原作ファンが多いと想像しています。
テレビアニメ版の「チェンソーマン」は、私のように原作漫画を読んでいない層には、それほど違和感はないのですが、原作漫画ファン層からの「原作漫画と違う描写」に対する批判を目にします。

(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA
劇場版では𠮷原達矢が監督を担当。中園真登副監督(テレビアニメ版のチーフ演出)との対談などを読むと、「原作の一コマ一コマを再検証する」など、「原作準拠」を強調しています。
そのため、「テレビアニメ版を見た人には、そのままの続きの物語」という感じなのですが、原作漫画ファン層には「原作のシーンがそのまま表現されている」といったポジティブな感想になるのでは、と思います。
作画はテレビアニメ版とそれほど大きな変化を感じませんでしたが、後半のアクションシーンにおいてはテレビアニメ版よりも、より凝ったカットが見られました。
私は基本的に凝ったカットは好きなのですが、本作の場合は、「鬼滅の刃」や「呪術廻戦」などとは少し「角度」が違っていて、「何をやっているのかがすぐには理解できない」というシーンもあって、やや気になりました。
これは何度か見ると把握できるのでしょうが、エッジの効かせ方の方向が少し勿体無いようにも感じました。

(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA
本作の興行においてはリピーターの存在がカギになると考えていますが、入場者特典が第4弾までは用意されているので、ここは抜かりがなさそうです。
興行収入は、まずはリクープラインの21.5億円は問題なく突破できると思いますが、果たして最終はどこまでいけるのでしょうか?
個人的には興行収入40億円まで行ければ十分だと思いますが、原作漫画ファンも含めてどのような動きになるのか注目したいです。
筆者紹介

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
発売以来16年連続で完売を記録している『家計ノート2026』(小学館)が増量&バージョンアップし遂に発売! 2026年版では、日本において最も問題視されている「失われた30年」問題。この「失われた30年」においても貯金額を増やせる特別な方法を徹底解説!
Twitter:@masahi_hosono