コラム:若林ゆり 舞台.com - 第124回
2024年5月1日更新
ダブルキャストということで、稽古場で互いを見て思うこと、発見したことを聞こうとすると、「それは恥ずかしいやつ」「結果、褒め合いに終始するんです」と、口をそろえる。代わりに、ダブルキャストでよかったこと、まるで青春の部活チームメイトのような、4人の関係性を語ってくれた。
村井:ダブルキャストは、自分の出番じゃないときに作品を観られるというのが大きいんですよ。「自分と違うな」「自分の発想と違っていていいな」というのももちろんあるけど、それよりふたりで、一緒に周作という役を作っている感じがして。
海宝:今回は特にそれが強いよね。
村井:強い。オリジナルだから、初めてやる作業だから、一心同体な感じがすごくします。みんなで作ろうという感じがすごくあるんです。海外の作品だと、演出家の意図をいかに再現するかという作業になってしまうことが多いと思います。でも今回は、役者たちが気持ちも技術も使って、シーンを作るために切磋琢磨している。
海宝:作品の中で役者がそれぞれどうやろうかというよりは、この作品そのものをどの方向に持っていこうかをみんなが考えているんです。だからお互いに「こういうことをやったらもっといいシーンになるかも、こういうモーメントを作ってみたら面白いかも」みたいなことを話して、お互いに見てみて。「それめっちゃ機能してるよ」というようなやり取りが多いですね。お互いに実験している感じ。間違えたら間違えたでいいし、「それないね」となったらやめる。そういう作業が、オリジナル作品だからこそある。
大原:すずと周作の関係も、原作にあるシーンがなかったりして、飛んでいるところもあるんですよ。そこを埋めるために、「何かひとつのアクションをすることによって、生まれる何かがあるね」と提案し合っています。
村井:毎日通し稽古が終わった後は、大体4人でサークルになって話しているよね。
昆:ちょっとした振り向き方とか、歩くスピードとかでも見え方が変わってくる。そういう繊細さがあるんですけど、「それは変」とか「違う」とかお互いに指摘し合えるから助かっています。そういう空間が当たり前にできていることって、あまりなかったかも。
戦時下の広島が舞台というと、辛い悲しい話だろうと、反戦を訴える悲痛な話だろうと身構える人も多いかもしれない。でも、この作品はメッセージを訴えるのに「普通の人たちの日々の大切さ」から説いていくというのがすごく新しく、誰もが共鳴できるという点においても意味がある。
大原:これは、すずが居場所を探す物語ですし、そこはみなさんが共感できると思います。
昆:すずさんが、すずさんだけじゃなくてそこに生きている人たちが、家族と繋がったり、誰かを「信じてもいいんだな」と思えたり。そういう些細な幸せが確かにあるからこそ、それを一瞬にして吹き飛ばしてしまうのが戦争なんだなということを改めて思います。人が亡くなって、こんなに辛い思いをしてばかり……を押し出すカラーじゃないところが、いままでの戦争のお話を題材にするものとの違いかな、と。
大原:戦争ものというと、白、黒、灰色みたいな印象だけど、この作品は柔らかい黄色、ピンク、ブルーみたいな、ほんとにあったかい色をしているから。もちろんグッとくる、辛い気持ちになる瞬間もあるんですけど、観終わった後、お客さんが明るく前向きな気持ちで帰っていただける作品には絶対なると思うんです。
村井:今回、ツアーの最後に広島での公演があります。「広島の方々は大変な目に遭われましたよね。私たちはその気持ちをしっかりと受け止めて、大切に演じます」というのはもちろんそうなんですけど、だからと言って、「かわいそうでしたね」という気持ちで演じてはいけないと思うんです。当時の人たちは、どんなに辛いときでも、前を向いていくエネルギーをもっていただろうし、それは絶対に内側から出てくるものじゃないですか。原作でもその力強さを感じます。舞台を通してそのエネルギーを表現できれば、お客さんたちは辛い状況でも、「明日からまた頑張ろう」と思えるんじゃないかなと。戦争を描いた作品だからといって、悲しい苦しい辛い一辺倒になってはいけないとすごく思います。
大原:戦争ものが苦手な方は、それこそ苦しみの声とか、人が叫んでいる声とか、見たくない光景とかを多分想像されていると思うんです。でも、この作品はそういうものじゃない。最後に「記憶の器」という曲があるんですけど、すずは「私の居場所はここ。なぜなら大切な人やものの記憶を消さないように、ここで生きていくしかない」と言ってその歌を歌うんです。それは、まさに私たちが今回やる意味にも繋がると思っていて。
大原:忘れてはいけない記憶を、日本の歴史を、エンタテインメントによって伝えたい。戦争ものは苦手だという人も苦手じゃなくなる、「見に来てよかったな」と絶対に思える作品。明るい、前向きな気持ちになって帰ることができる作品だと思うので。決して戦争だけじゃなく、例えば大切な人を失ったり、何か辛いことがあったりした方の心も救われる作品になると思います。お芝居は心の治療というのも聞いたことがあるので。普遍的に、いま生きている人の心を救えるような作品になると思うので、是非、見に来てほしいなと思います。
ミュージカル「この世界の片隅に」は5月9日から30日まで東京・日生劇場で上演される。その後、北海道、岩手、新潟、愛知、長野、茨城、大阪で公演し、最後には物語の舞台となった広島・呉市で千秋楽を迎える予定。詳しい情報は公式サイト(https://www.tohostage.com/konosekai/)で確認できる。
5月11日に放送される音楽番組「ミュージックフェア」(フジテレビ系/午後18時~)では、昆、大原、海宝、村井のほか、ミュージカル「この世界の片隅に」のアンサンブルキャストが出演し、同作のスペシャルメドレーを披露する。
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筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka