人間標本
シリーズ紹介
原題:人間標本
製作国:日本
原題:人間標本
製作国:日本
人は一生のうち、自分の肉体しか体験できない。何か物事を見るという行為も、目から信号が入ってきて脳で処理するという、自分の肉体の反応を体験しているに過ぎない。
人間1人ひとりに個体差があるように、同じ事物を見ていても、実は違って見えているのかもしれない。赤い郵便ポストもどれくらい赤く見えているのか、1人ひとり実はちがっているのではないか。ふとそう思うことがある。
この作品は、まさに人とは違って世界が見えている人を目の当たりにした人物の話として僕は捉えた。常人とは異なり、四原色以上の色彩で世界を見られる目を持つ留美に触発されて、主人公は少年たちを標本にするという異様な行動に出る。
世界は同じようで、1人ひとり違う。同じものでも同じようには見えていないとすれば、この世界はなんなのか。本当の真実などというものは存在するのか。
僕らは自分の肉体しか体験できず、世界の見え方も1人ひとり異なるとすれば、他者とわかりあうというのは、よほど不可能なことであり、もしわかったらそれは奇跡みたいなものだなと思った。
美しい肉体を標本にすると聞いて、江戸川乱歩の「パノラマ島奇譚」を思い、
芸術家の創作への執念と言われて、芥川龍之介の「地獄変」を思い。
しかしこのドラマはどちらにも遠い。
「狂気的な芸術への妄執の生贄になる人間を見た」とは感じられなかった。
それは留美の描かれ方がもう一歩だからだと思う。
特別な目を失い、不治の病に襲われ、
究極の美を追求したくなったという事になっているけれど、
どういう思い入れで人間を複数殺めての作品という発想になったのか、
肝心の部分へのアプローチが弱い。
例えばそれは病から来る錯乱でもいいし、
自らを失ってまで美に取り憑かれる狂気でもいいが、
そういう「切実な激しい心情」が、この作品からは感じられなかった。
その激しすぎる情動があってこそ、
皆が飲まれて凶行に参加してしまうのではないかと思うので。
湊かなえさんの原作小説には、
そういう深い描写がきちんとあるのかもしれないので、
一度読んでみたいとは思った。
だから身も蓋もない感想を書くと、
これは今時の話なのだから、
一之瀬杏奈も母にはフェイク画像を見せておけばいいのではとか、
(あんなに沢山罪を犯さなくても、母の死期は近いのだから)
榊至はどうして杏奈を手伝ったんだろうか、
何より愛している父親に自分を殺させるというのはどうなんだろうか、
(父が本当に可哀想ではないか)
そして榊史朗もいきなり息子を手にかけずとも、
一度でも話し合ったらどうなんだろうかと、とか思ってしまった。
その上で息子が重罪を犯していたのなら、
二人で死ぬという選択肢もあったのでは。
(そうすれば息子の名誉がどうなるかなど、
父息子ともども知らなくて済む)
榊四郎の息子への愛が深い分、
決断が早すぎると感じてやるせなかった。
というか、全員決断がちょっと…早くないだろうか。
(たとえ留美が毒母でも)
しかし演者の皆さんは良かった。
西島秀俊さんの息子への慈愛、
市川染五郎さんの穏やかなのにミステリアスな色気、
伊藤蒼さんの暗く生々しい存在感、
宮沢りえさんの主張の強い芸術家の雰囲気。
(最後の最後のシーンは好きだった)
サスペンスを優先した余りなのか、
ストーリテリングに終始した感じがあり、
それが俳優陣の輝きを生かしきれていなかったのが残念。
美術は、ものすごく熱量をかけているのは伝わるが、
作品の意図が定まらない分、
パッションに比べて空回りしている印象がする。
取りも直さず、そもそも、
『美』を表現するのは難しい事なのだとも思った。
もともと湊作品は苦手なのだが、タイトルが面白そうで勇んで見てしまった。やはりそういう意味では期待を裏切らない「わからなさ」だった。見えない世界に憧れ、蝶に魅せられ、やがてその芸術できない好奇心は人間へと向かう。うーん、分からなくもないが、だからといって殺人(かなり猟奇的)にも耐えられるのか…羅生門を思い出したが、いや比べものにはならなかった。私にはただの狂った人たちの話でした。もっと深いのかと思っていたけど、そこまでもなく、結局自分の欲求を満たすために娘にそれを託したるみちゃんはただの異常者でした。。おしまい!
完走♬
今回はイケてないか?と思われた伊藤蒼さんの一瞬の表情にヤラレました。
ちょい無理筋なストーリーも主要キャストの皆様の演技力にてどーにかこーにか着地…
原作読みたいと思いました。