こちらブルームーン探偵社 シーズン1 : 特集
お調子者の探偵に扮したブルース・ウィリスの大出世作!
「こちらブルームーン探偵社」(原題:Moonlighting)は、全米ではABCネットワークで1985~89年にかけて全66話放送され、日本ではNHK総合テレビで55話分放送された。88年の「ダイ・ハード」でハリウッドでも指折りのアクションスターになったブルース・ウィリス(声:荻島真一)の大出世作となった作品だ。
82~87年にNBCで放送されたピアース・ブロスナンの出世作「探偵レミントン・スティール」によく似た60分のサスペンスフルなロマンティックコメディで、男と女がペアになった探偵物“Boy/Girl Detective Show”だ。このTVシリーズで「ラスト・ショー」「タクシードライバー」以来パッとしなかったシビル・シェパード(声:浅茅陽子)は久々に健在ぶりを示した。原題と同じタイトルの主題歌を歌ったのはグラミー賞受賞のボーカリスト、アル・ジャロウ。
舞台はショウビズのメッカ、ロサンゼルス。元売れっ子のトップモデル、マディ・ヘイズ(シビル・シェパード)は全財産を会計士に持ち逃げされ、税金対策にかかえていた赤字続きの小さな探偵社だけが手元に残り、仕方なくオーナー兼社長におさまる。探偵経験があるデビッド・アディソン(ブルース・ウィリス)はいつもふざけてばかりいるお調子者だが、やる時はガッツあふれる行動派で、マディが経営する「ブルームーン探偵社」の共同オーナーにまんまとおさまり、 2人して難事件に立ち向かうというわけだ。
このTVシリーズの楽しさは、ハワード・ホークス映画のスクリューボールコメディ(「ヒズ・ガール・フライデー」「赤ちゃん教育」)のように、会話の合間がまったくないマシンガントークで、ヒロインとヒーローが丁々発止の口喧嘩をおっ始めたりするところだ。常にユーモアを忘れない2人のセリフは洒脱で “お遊び精神”にあふれている。劇場用語でいう“Fourth Wall(第4の壁=舞台前面の額縁空間)”をぶっ壊して、デビッドが視線をカメラに向けて「さ~て、これから『ブルームーン』名物の追っかけだよ~ん」と語り出し、マディとデビッドは本当にカーチェイスに飛び込むのだから、開いた口がふさがらない。その後のエスカレートしたアクションは、ウィリスが後に演じるジョン・マクレーン警部ばりにド派手なのだ。
クラシック映画や文学作品の“悪ノリ”したパロディも抱腹絶倒だった。31話「今宵はシェイクスピア」(Atomic Shakespeare)はシェイクスピアの「じゃじゃ馬ならし」のパロディで、マディがシェイクスピア時代のコスチュームを着て1本丸ごとその世界で物語が進行した。また全編モノクロでマディとデビッドが1946年の事件を夢想する10話「夢の中の殺人」(Dream Sequence Always Rings Twice)では、名作「第三の男」でハリー・ライムを演じたオーソン・ウェルズ本人が冒頭で解説者として登場! その収録の5日後にウェルズは亡くなったので文字通り遺作になった。クリスマスに放映されたシーズン2の最終回「詐欺師変われば時の人」(Camille)では、撮影スタジオから街へ繰り出し、キャストはもちろんスタッフまで顔を出して「クリスマス・キャロル」を全員で合唱した。ビリー・ジョエルの曲が原題になっているシーズン3の30話「人には言えない古い傷」(Big Man on Malberry Street)は、ジョエルの演奏とともに盛り上がるクライマックスのダンスシークエンスが見せ場だった。そのダンスシークエンスを演出したのは、MGMミュージカルの巨匠スタンリー・ドーネン(「雨に唄えば」)だ!
極めつけは、ピアース・ブロスナンが探偵レミントン・スティールとしてカメオ出演した回か。惜しくも日本未放送だが、この回にはシェパードの元恋人である映画監督ピーター・ボグダノビッチ(「ラスト・ショー」)も登場している。また、32話「素晴らしき哉、人生」(It's A Wonderful Job)はもちろんフランク・キャプラ監督の大傑作のパロディ。マディの守護天使として登場するのが、「探偵ハート&ハート」のアシスタント役マックスを演じたライオネル・スタンダーだ。ロバート・ワグナーとステファニー・パワーズこそ出演はならなかったが、その猛烈なパロディ精神に頭が下がる。
ゲストスターも超豪華で、マディの母役は大女優エバ・マリー・セイント(「波止場」「北北西に進路を取れ」)。彼女が出演したシーズン4の41話「待てど暮らせど」(Take A Left at The Altar)では「北北西に進路を取れ」でおなじみの複葉機によるチェイスまで用意されている念の入れようだ。またマディの妹役はバージニア・マドセン(「サイドウェイ」)で、マディと恋仲になるサム・クロフォード役はマーク・ハーモン(「君といた夏」)、デビッドと恋仲になるテリー・ノウルズ役はブルック・アダムス(「天国の日々」)。さらにユニークなゲストスターとして、ウーピー・ゴールドバーグ、レイ・チャールズ(歌も披露!)、ウィリスの当時の妻だったデミ・ムーアなども顔を見せた。
何より劇中でしばしば美声を披露するシェパードとウィリスのロマンティックなムードがたまらなかった(その歌声はサントラに収録されている)。特にウィリス演じるデビッドは60年代の音楽が好きという設定で、モータウンサウンドの名曲を時に踊りながら歌っていた!
髪の毛がふさふさしたウィリスのセクシーでコミカルな魅力ももちろんだが、シェパードのゴージャスなファッションがこのドラマを華やかにした。当時、筆者にとってシェパードは憧れだった!
おふざけに徹したドラマではなく、ゴールデン・グローブ賞TVドラマ部門でシェパードが86・87年に主演女優賞に、ウィリスが87年に主演男優賞に輝き、エミー賞においてもウィリスが87年に主演男優賞に輝いている。
型破りで底抜けな楽しさにおいて、80年代にこれほどロマンティックで笑えるミステリードラマはなかった。何度もハリウッドでの映画化が企画されているが、ウィリスが承諾しないらしい。映画化によってイメージが損なわれるのを嫌っているとしたら賢明な選択である。
(佐藤睦雄)