行定勲監督が説く、綾瀬はるか最大のストロングポイント&「リボルバー・リリー」を撮る意義

2023年8月14日 09:00


取材に応じた行定勲監督
取材に応じた行定勲監督

行定勲監督が紀伊宗之プロデューサー(「孤狼の血」シリーズほか)と組んで、「リボルバー・リリー」で初めて本格アクション映画に挑むと聞いた際には、耳を疑うのと同時に不思議な高揚感を覚えた。このふたりなら、良い意味で想像とは異なる映像世界を提示してくれるのではないだろうかと。そして、約21年ぶりの邂逅となった主演の綾瀬はるかは今作に何をもたらしたのか、行定監督に話を聞いた。(取材・文・写真/大塚史貴)

※本記事には「リボルバー・リリー」の内容に触れる箇所があります。作品未見の方は、十分にご注意ください。

長浦京氏の代表作のひとつ「リボルバー・リリー」の舞台は、大正末期の1924年。関東大震災後の東京が舞台となる今作で主人公となるのは、16歳からスパイ任務に従事し、東アジアを中心に3年間で57人の殺害に関与した経歴を持つため「最も排除すべき日本人」と呼ばれた美しき元諜報員・小曾根百合に綾瀬が扮している。

撮影現場での紀伊宗之プロデューサー
撮影現場での紀伊宗之プロデューサー

■「ステレオタイプにはめ込むのが嫌だった」(紀伊)

2月に行われたキャスト発表会見後に話を聞いた際、紀伊氏は行定監督とアクションをいかに結び付けたかについて、「前提として、上手い人は何をやっても上手いということ。それと女性を描くのが非常に上手だという監督の作家性も含め、これはうまくいくんじゃないかと思った。こういう映画だったらこの人……みたいな、ステレオタイプにはめ込むのが嫌だった。そして、世界で戦うことを考えたとき、行定監督しかいないと思った」と筆者に語っている。

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■「紀伊さんって稀代のプロデューサー」(行定監督)

一方の行定監督も、「紀伊さんって稀代のプロデューサーという言葉が似合う。『思い切った企画をやるんだ!』と突き進んでいく紀伊さんみたいな人が、随分と減ってしまった。腹の括り方が違うんですよね」と実感を込める。そして、原作が持つ大いなる可能性に魅力を感じてもいるようだ。

「大ヒットした原作ではない。でも、映画的には、だからこそ面白いともいえる。誰もが知る漫画や小説を映画化すると、分母が大きいからこそ丸くなっていく。でも、『リボルバー・リリー』はそうではないから、誰も観たことのない映画になり得る可能性があると思うんです。それだけに役者が重要になってくるし、ディテールや演じ方、キャラクターの噛み合わせが大切。ただ一番の痛手は、関東大震災の影響やその後の戦乱もあり、大正時代の“もの”や場所が残っていないということ。それが、これまで映画であまり描かれてこなかった理由。江戸や明治は残っているのにね。となると、1から作らないといけないわけだけど、すごく良いものができたと思っています」

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映画は、百合がテイラー(仕立て屋)で佇むシーンからスタートする。震災を乗り越えようと、誰もがひたむきに“前進”する街の活況から一転、家族を殺害され父親から託された陸軍資金の鍵を握る少年・慎太を助けたことから、百合も追われる身となる。復興で活気づく東京や関東近郊を逃避しながら、壮絶なバトルが繰り広げられる。

■アニメの主人公にも負けない圧倒的なキャラクター像

この新境地ともいえる意欲作の話が行定監督のもとに舞い込んだとき、「アクション映画を俺に? 面白い!」と思ったそうだが、と同時に相当な覚悟をもって作品に向き合わねばならないという認識を強めたという。

「紀伊さんは『海外でも何の遜色もなく観られる作品を目指したいんだ』とはっきり言う。『いやいや』とか言いながら腰が引けているから、日本人はダメなんだろうなと思うんです。この意見は凄いことだぞ、そうでもしなければ実写作品はアニメに飲み込まれてダメになっていくんじゃないかって危機感を持つべき時期にきていると思うんです。

映画本来が持つべき力だけで勝負しなくてはならない、という任務を課せられたとき、僕としてはアニメの主人公にも負けないくらい圧倒的なキャラクター像を小曾根百合に構築しなければならなくなった。百合が人物像や、どのような戦い方をするのかも含めて。

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当初は黒づくめの衣装の殺し屋のようなスタイルはどうかという案も出ました。でも、僕はそれでは勝てないと思った。これまでフィルムノワールに出て来る殺し屋の女性って、誰もが黒い衣装だった。そうじゃなくて、ほとんどの女性が着物だったこの時代を逆手に取れないかと考えたんです。

この頃、世界ではココ・シャネルが台頭し新たな装いを提示した時代だから、そういったものを先取りした女性という設定を考えたとき、衣装の黒澤和子さんが一般の女性とは異なる空気感をまとわせたスタイルを提示してくれました。そこに、『最も排除すべき日本人』とまで言われた少女を愛した水野という男が、『殺し合いにも身だしなみが大事だ』といって常に美しい洋装を仕立ててくれたといいう設定にすれば、リアリティを持たせられると考えが至った。この発想だったら、『リボルバー・リリー』が作れるかもしれないって思ったんです」

綾瀬はるかは「大人の女性として、純粋に美しい」

行定監督をはじめ、製作サイドがリアリティを求めて作りあげた、映画の世界を生きる小曾根百合を見事に体現してみせた綾瀬とは、短編オムニバス映画「Jam Films」の一編「JUSTICE」以来、実に21年ぶりとなる邂逅となった。今作では、これまで見たことがない綾瀬の美しさが観る者を圧倒するシーンも多く含まれている。改めて対峙してみて、長年にわたり第一線で活躍を続ける綾瀬の最大のストロングポイントについて思いを巡らせてもらった。

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「大人の女性として、純粋に美しいですよね。綾瀬って、普段あまりそういう姿を見せない。番宣でテレビに出て、芸人に『天然だね』っていじられている姿がプライベートな感じに見えているけれど、本来は全然違うと思う。かなりストイックで頭がいい人だという認識なんです。一見、柔和なイメージを醸し出しているけれど、常に自分に何が課せられているか考えているように思えて、その凛とした部分はこの映画で出さざるを得なかったのではないか。

具体的なシーンは言及を避けますが、『このシーン、色気があるなあ』という描写が幾つもあります。肉感的でもあるけれど、すごくラインが締まっている。それでいて体感がしっかりしているから、佇まいも美しいし格好いい。森の中を真っ直ぐ歩くシーンがあるんですが、そのショットだけでも今までに観たことのない綾瀬の美しさ、色気を感じることができると思います。

■綾瀬は実際どこまで動ける? 「実際すごく動ける(笑)」

彼女と初めて会った21年前から、実に多くの経験を積み上げてきたんでしょうね。当時から身体能力が抜群で、手足も長いしすごく綺麗だった。峰不二子を演じる人がいるとしたら、綾瀬しかいないんじゃないかと思ったほど。だからこそ、今回の小曾根百合で再会できたことは、僕にとっても幸運でした。そうなると、綾瀬はるかじゃないとこの役は難しかった、と皆に思わせなければならなかった。寅さんと渥美清さんが結びつくように、小曾根百合は綾瀬しか演じられないと言わせられるかどうか。

そうなると、『じゃあ綾瀬って実際どこまで動けるんだよ?』ってなるんですが、実際すごく動けるんです(笑)。ただ、彼女はアクション女優ではない。でも、できてしまう。スタントも一応準備はしているんだけど、スタントマンがやって見せたことを綾瀬は全部やってのけてしまう。むしろ、それにプラスアルファの演技力が乗ってくる。カットを割らなくても、持続してできてしまうのが彼女の強味なんです。そう、綾瀬じゃなくちゃダメだったんです」

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綾瀬の最大の強味を引き出すことで、これほどまでに耽美なアクション大作として完成させた意義は大きい。そしてまた、不穏な空気が漂う現代だけに、「戦う意味が問われる」作品という意味合いも強くなってくる。

今年は「ひとりぼっちじゃない」「サイド バイ サイド 隣にいる人」と2本の映画をプロデュースし、今作では新境地を開拓。さらに新たな欲は芽生えたりしないのだろうかと、行定監督に聞いてみた。

「欲かあ……。新たな欲というところまで辿り着いていないというのが正直なところかな。この作品を撮ることは、自分も想像すらしていなかった。オファーを受けて初めて読んだんだけど、自分の想像に及ばないようなことが考え抜かれて書かれているので、まるで自分事のように必死になって辿るわけです。

僕はこれまでに、映画に教えられたことっていっぱいあります。映画が伝えることは真実ばかりではないし、絵空事だってある。今作で、百合と山本五十六が対峙する場面があるのですが、これは『歴史に触れたい!』という紀伊さんの意見。フィクションで作りあげた人物が、歴史に通じている。今の僕らに直結しているんだということが伝わるシーンにして欲しいという意図があったので、紀伊さんと一緒に考えました。

今回のアイデアを最初に聞いたときには、『何を言うの?』と思ったんだけど、この矛盾が人間味に繋がると感じました。百合は大義として人を殺めてきたかもしれないけれど、自分の信じる世界で愛をもってやってきたわけです。その行為を正当化できるのが映画ではないかなと。

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■名プロデューサーは「監督に土壌を与えている」

戦争が起こっている世界情勢のなかで、この映画に対する嫌悪感を起こしてはいけないと思うんです。戦争で人を殺めざるを得なかった最前線の人たちこそが、一番傷ついているはずだし、見たくないものだって見ているはず。戦争が終わったときに、彼らが本当は平和を望んでいるはずだ……というところに映画が少しでも触れられるかが肝心だった。そして完成させてみて、その思いに僕なりに辿り着けたかもしれません」

以前、撮影を振り返った紀伊氏が、「プロデューサーとして僕には僕なりのイメージがあるんだけど、そのイメージをたやすく超えるシーンを目の当たりにするときこそ、震えるんや。『俺はこんな格好ええ画はイメージできてなかった。こう撮るのか!』と感じることができれば、僕の現場におけるしごとはほぼ終わりですよ。今回も、行定さんに頼んで良かったって心から思います」と熱く語りながら、ニヤリと笑っていたことを思い出す。

隣で聞いていた行定監督も、「紀伊さんは企画をどうだまくらかして成立させるかではなく、もう正面突破する感じ。今作なんて、本来僕には絶対にこない企画。それを、ある種の無茶ぶりに近い状態で持ってこられた。でも、不思議と仕上がったものを見てみると『ああ、これは俺の映画だ』って思える。名プロデューサーといわれる人は、監督に土壌を与えているんですよね。本当に興味深い経験をさせてもらいました」

行定監督の次回作は韓国のドラマになるようで、既に海を渡り新たなステージへの準備に余念がない。行定監督と紀伊氏、行定監督と綾瀬が次に現場を共にする機会は、どういう巡り合わせになるのだろうか。同時代を生きる者として、興味が尽きない。

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