クリストファー・ノーラン「オッペンハイマー」詳細レビュー 知的で複雑な魅力を備えた作品【ハリウッドコラムvol.336】

2023年7月25日 15:00


「オッペンハイマー」
「オッペンハイマー」

ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。

※本記事には、「オッペンハイマー」に関するネタバレが含まれています。十分ご注意ください。

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先日、ユニバーサルスタジオで行われた「オッペンハイマー」の試写に参加した。題材が「原爆の父」と言われる実在の科学者、しかも、メガホンを取るのは稀代のクリエイター、クリストファー・ノーランということもあって、ずっと楽しみにしていた。日本では公開がいつになるか分からないようなので、詳細なレビューを書こうと思う。内容に触れるので、まっさらな状態で楽しみたい人はスルーしてください(逆に詳しく知りたい人は、700ページもある原作「American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer」をどうぞ)。

オッペンハイマー」は1954年に密室で行われた聴聞会を軸に展開する。主人公オッペンハイマーキリアン・マーフィ)はすでに原爆の開発に成功した科学者だ。そんな彼に国家機密へのアクセスを認可しつづけるべきかを判断するのが、聴聞会の目的だ。過去の言動をまとめた膨大な資料をもとに、オッペンハイマーは質問を浴びせられていく。そして、彼の証言をもとに、時間軸に沿って人生が語られていく。

アメリカのハーバード大学で科学を専攻した彼は、イギリスのケンブリッジ大学でニールス・ボーア(ケネス・ブラナー)と出会い、理論物理学の道を進む。ドイツのゲッティンゲン大学で博士号を取得したのち、アメリカに帰国し、カリフォルニア大学バークレー校やカリフォルニア工科大学などで教鞭を取ることになる。

天才が幸運な出会いを経て、才能を開花していくプロセスはとても刺激的だ。文系のぼくには彼が夢中になる理論物理学や宇宙物理学など理解できようもないが、ノーラン監督は刺激的なインサート映像と、ビー玉やワイングラスといったモチーフを用いることで、感覚的に伝えてくれる。

同時に描かれるのは、オッペンハイマーのあぶなっかしさだ。当時の若いインテリの大半がそうであるように左翼的な思考の持ち主で、女好きでもある。とくに大学時代の恋人で、キティ(エミリー・ブラント)との結婚後も逢い引きをしていたジーン(フローレンス・ピュー)との関係は、彼女が共産党員ということもあって、のちに彼の足をひっぱることになる。後先を考えずに、自らの感情に正直に行動してしまうのだ。

もし、第二次世界大戦がなかったら、オッペンハイマーは歴史に名を残すことはなかったかもしれない。だが、ナチスドイツの核開発に焦ったアメリカ政府は、対抗するためにマンハッタン計画を立ちあげる。その責任者レズリー・リチャード・グローブス准将(マット・デイモン)は、なぜか「ノーベル賞も受賞していない」オッペンハイマーを科学者のトップに指名するのだ。

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全権を託されたオッペンハイマーは、思い出の地ニューメキシコのロスアラモスを研究拠点に決定。アメリカにとって幸運だったのは、ヒトラーがユダヤ人を迫害していたおかげで、ユダヤ系の優秀な研究者たちを集められたことだ。先行するライバルに勝つために、スマートな人たちが知恵を寄せ合って問題を解決していく過程はとても楽しい。

だが、「オッペンハイマー」で主人公たちが作ろうとしているのは、レーシングカーやロケットではなく、未曾有の大量破壊兵器である。研究者たちがその恐ろしさに気付くのは、1945年7月に行われたトリニティ実験だ。人類初の核実験の再現は、まさにこの映画のハイライトだ。オッペンハイマーや科学者たちとその場に居合わせたような臨場感を体感できる。

つらつらとあらすじを書いてきたが、ここまでで約2時間。残りは1954年に密室で行われた密室の聴聞会と、1958年に上院で行われた公聴会が主軸となる。なお、公聴会では原子力委員会の議長を務めたルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)が主役で、ストローズが登場する場面はすべてモノクロで描かれている。

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広島と長崎に原爆が落とされたことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、トルーマン大統領(誰が演じているかはお楽しみ)に核兵器の国際的な管理を呼びかけるものの、取り付く島もない。水爆開発に反対するようになった彼は赤狩りのターゲットとなり、公聴会という名の魔女裁判にかけられてしまうのだ。

映画「オッペンハイマー」は、利用されたのちに叩き潰されるヒーローの物語だ。とても刺激的な作品だけど、トリニティ実験の迫力がすごすぎるがゆえに、ラストが密室の政治劇になってしまうことに物足りなさを感じた。

なお、気になる人のために言っておくと、広島と長崎の場面はいっさい登場しない。オッペンハイマーの視点で綴られているためで、彼はロスアラモス研究所から爆弾を載せたトラックを見送るだけだ。

だが、オッペンハイマーがその恐怖を体感する展開は用意されている。広島に原爆が投下された知らせが届き、オッペンハイマーが同僚や部下たちの前でスピーチをする場面で、彼は恐怖の光景を目の当たりにする。これはトリニティ実験に続くハイライトかもしれない。

オッペンハイマー」は、主人公のキャラクター設定と同様、欠点はあるものの、知的で複雑な魅力を備えた作品だ。映画館でもう一度見ようと思う。

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