「スタッフ、俳優は現在前線で戦っています」 マレーシア航空機撃墜事件が背景、ウクライナ戦争を予見するような「世界が引き裂かれる時」監督インタビュー

2023年6月17日 07:00


ウクライナ出身のマリナ・エル・ゴルバチ監督
ウクライナ出身のマリナ・エル・ゴルバチ監督

2014年7月にウクライナ・ドネツク州で実際に起きたマレーシア航空17便撃墜事件を背景に、ウクライナで懸命に生きる女性の姿を描いた映画「世界が引き裂かれる時」(本日公開)。ロシアのウクライナ侵攻が始まる直前の2022年1月、第38回サンダンス映画祭ワールドシネマ部門で監督賞を受賞し、第95回アカデミー賞国際長編映画賞ウクライナ代表にも選出された。このほどマリナ・エル・ゴルバチ監督のインタビューが公開された。

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<あらすじ>
ロシアとの国境付近にあるウクライナの小さな家に住む、出産間近の妻イルカとその夫トリク。ある日の明け方、家が襲撃に巻き込まれて壁に大きな穴が開き、彼らの平穏な日常は一変。夫婦は壁の修繕に取り掛かろうとするが、親ロシア派と反ロシア派の対立はますます加熱し、事態は混乱を極めていく。

――まずは本作製作の経緯を教えてください。

脚本を書き始めたのは2016年です。ドンバス戦争から2年が経ち、人々の記憶からあの惨劇が忘れ去られていると感じていました。ウクライナでは300人の罪のない人々が殺されるのを見ましたが、メディアで多くの代替映像が映し出されたことで、自分が見たものは本当に起こったことなのかどうか、確信が持てないような状態になっていました。ロシアがウクライナに本格的な戦争を始めた 2022年2月24日に何が起こったかはみな覚えていますが、マレーシア航空の大惨事については誰も語りません。しかし、そこからこの戦争は始まったのです。ロシアのプロパガンダによりウクライナ国内の紛争だと報道されてきましたが、そうではなく、国による侵略行為であること、そしてそれがクリミア不法併合から続いていたことを記憶から消し去ってはいけない、海外の人に伝えたいという思いがありました。ウクライナへの大規模な侵攻が始まった後では、本作を政治的なステートメントとして見ることができると思います。

しかし、2016年にこの映画を作り始めたときは、あくまで戦争に対する芸術的抵抗であり、感情的で非常に個人的な行為にすぎませんでした。 撮影は2020年の夏から開始しました。マレーシア航空17便襲撃事件が起きた時期に合わせる必要があったからです。ドンバスでは侵攻が進んでいたため、ウクライナの地理事務局が教えてくれたオデッサにある、ドンバスと似た地形の村で粛々と行いました。この映画を製作する上で、資金調達には最も苦労しました。ウクライナのどの映画会社にも、この作品は政治的すぎるとして断られました。

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今はどこも関係を絶っていますが、当時はロシアと関係のある映画会社も多かったので、忖度の意味もあったのです。ゼレンスキー大統領が支援してくれれば、世界中に私たちを支援するよう促しているようなものなので、国際的に支持され、より大きな予算で、より野心的な映画を作ることができたのにと思います。撮影監督でもあるスビアトスラフ・ブラコフスキーが制作会社を設立し、みんなでお金を出し合って撮影を開始しましたが、100万ドルの予算は、撮影が終わった時点で底をつきました。そこでヨーロッパの映画会社に支援を求めましたが、断られてとても落胆しました。最終的にトルコのテレビ局からサポートをもらえましたが、こんなにリスクを負いながら作った作品はありません。本当にハンドメイドの映画です。スタッフ、キャストについて主人公の弟役であるヤリクや主人公の夫の友人サーニャ役を演じた俳優たちや、撮影クルーは、現在前線で戦っています。

――妊娠中の女性を主人公にした理由を教えてください。

それは意識的な選択ではありませんでした。数年前からあるウクライナとロシアの国境にある混乱について、それが自然に対する戦争、人類に対する戦争、創造と破壊の戦争だと理解したとき、妊婦を中心に据えるべきだということが明確になったのです。男性とは対照的な、女性の視点での戦争というテーマが、自然に浮かびました。イルカは単なる強い女性ではなく、生命を生み出し維持するエネルギーを象徴しています。これは反男性映画でもフェミニズム映画でもなく、生命を支持する映画なのです。彼女の行動はすべて生まれてくる赤ちゃんのためのものです。混乱のさなかにあっても、牛の乳を搾り、料理のための水を汲み、居間の残骸を掃き掃除し、普通の家庭生活を続けようとするイルカの生存本能は、戦争よりも強い。このメッセージから、私はこの映画をすべての女性に捧げようと思いました。

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――戦争をテーマにしながらも、暴力的なシーンを直接描かなかった理由を教えてください。

戦闘シーンを描くことに興味がなかったということもありますが、一部の戦争映画のように、戦闘行為を宣伝し、戦争を賛辞する映画は撮りたくないという思いがありました。この映画にはほとんど暴力的なシーンはありませんが、暴力的な行為を想像させるシーンはあります。目に見えないからといって、起こっていないわけではないのです。それは国際報道も同じで、ニュースにならないからといって、それが起こっていないとは限りません。スクリーンに映し出される映像だけでなく、人々の想像力を通してメッセージを伝える映画にしたかったのです。

――現在の戦争を予見したような映画ですね。

国の経済状況が悪くなれば、戦争が起こりやすいという経験則的な考え方から、おそらくもうすぐ起こるだろうなという予感はしていましたが、楽観的な人もいたと思います。しかし、アーティストとしての私の直感は、「これは始まりに過ぎない」と告げていました。プーチンはクリミアとドンバスで満足するはずがないと確信していましたし、内紛と捉えられているこの争いに対する無関心が続けば、大きな悲劇につながるはずだと強く感じていたのです。だからこそ、医者が患者を見れば治したいと思うように、この映画を作らずにはいられませんでした。この状況で私が集めた情報を映画で表現したいと思ったのです

この映画をご覧になる方は、何を考えるのだろうと私も興味がありますが、戦争の前も後も変わっていないと思うんです。それは家族について、夢を見続ける能力について、それは生き延びるためでもありますし、勝つためでもあり、その方法でもあります。もちろん亡くなってしまった人はたくさんいて、悲しさしかないのですが、ウクライナの中でも、ウクライナの外でも生き残っている人々の問題はグローバルになっています。戦争、新型コロナのパンデミックもありましたが、そのような状況で生き延びるのに大切なのは、夢を見続ける能力というものだと思います。さらに将来を思い描く力、それだけで足りると思います。それだけで前進して行くことができます。

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