【「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」評論】聴力喪失を追体験させる秀逸なサウンドデザイン 正直に言えば「劇場で体感したい」

2021年2月19日 21:00


「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」
「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」

キービジュアルがコワモテの上裸ヘビメタドラマー、原題が「Sound of Metal」。一見するとゴリゴリの轟音ミュージックドラマにも思えてしまうが、添えられた副題が非常に素晴らしい。聞こえるということ――作品の芯を的確にとらえている。日本ではAmazon Prime Videoでの配信となっているが、正直に言えば「劇場で体感したい」。そう強く思える作品だ。

リズ・アーメッドオリビア・クックの共演で描かれるのは、聴覚を失ったドラマーの青年の葛藤だ。ドラマーのルーベン(アーメッド)は、恋人ルー(クック)とバンドを組み、トレーラーハウスで各地を巡りながらライブに明け暮れる日々を送っていた。だが、ある日ルーベンの耳がほとんど聞こえなくなってしまう。医師の診断は「回復の見込みはない」。自暴自棄に陥ったルーベンは、ろう者の支援コミュニティへの参加を決意する。

物語は、鼓膜をつんざくような演奏から始まり、ルーベンとルーを取り巻く「ささやかな生活音」にもフォーカスを当てていく。シーツの擦れる音、スムージーをかく拌するミキサー、漏れ出る空気、レコードから流れるメロウなミュージック、愛する人の囁き声。想像してみてほしい。それらが一転して聞こえなくなることを。冒頭から「聞こえるということ」をしっかりと明示することで「聞こえなくなること」への恐怖、焦燥感を追体験させてくれる。

印象深いのは、ルーベンが“狭間の人”である点だ。初診の時点での聴力は、70~80%程が機能していない状態。完全な失聴状態でないために、その絶望は深い。彼が行きつく支援コミュニティは、手話でのコミュニケーションに重きを置く。勿論、ルーベンは理解できるはずもない。「聞こえる」「聞こえない」の狭間で彷徨うルーベン。彼に突き付けられるのは「どのように生き直すのか」という困難な問いかけだ。

秀逸なサウンドデザイン――その真価は、後半に最大の盛り上がりを見せる。ここで大きな意味を成してくるのが「聞こえるということ」という副題だ(「火の鳥 復活編」における“ある描写”を、ふと思い返してしまったと付け加えておこう)。やがてルーベンは決断を下すのだが……この場面に至るまでに、なるべく徹底してもらいたいことがある。それは可能な限り、(劇場の環境に近しい)静かな空間で鑑賞すること。静かであればあるほど、ルーベンが最後に到達した世界の美しさが際立つのだから。

(岡田寛司)

Amazonで今すぐ購入

DVD・ブルーレイ

Powered by価格.com

関連ニュース

映画ニュースアクセスランキング

本日

  1. 【今夜第8話放送】「東京タワー」透と耕二が告白を決意 6月15日は最終回1時間SPを放送

    1

    【今夜第8話放送】「東京タワー」透と耕二が告白を決意 6月15日は最終回1時間SPを放送

    2024年6月8日 06:00
  2. 【時系列20作品】「スター・ウォーズ アコライト」から幕を開ける、「スター・ウォーズ」サーガの歴史

    2

    【時系列20作品】「スター・ウォーズ アコライト」から幕を開ける、「スター・ウォーズ」サーガの歴史

    2024年6月8日 18:00
  3. 【「アンダー・ユア・ベッド」評論】日本のホラー小説を韓国で映画化。DV夫から人妻を救うストーカーの純愛を描く

    3

    【「アンダー・ユア・ベッド」評論】日本のホラー小説を韓国で映画化。DV夫から人妻を救うストーカーの純愛を描く

    2024年6月8日 19:00
  4. 「百円の恋」をリメイク!中国で社会現象を巻き起こした「YOLO 百元の恋」7月5日公開 ポスター、予告編披露

    4

    「百円の恋」をリメイク!中国で社会現象を巻き起こした「YOLO 百元の恋」7月5日公開 ポスター、予告編披露

    2024年6月8日 10:00
  5. 黒沢清作品で輝く“フランスを代表する俳優たち” 「蛇の道」コメント&キャラクター映像公開

    5

    黒沢清作品で輝く“フランスを代表する俳優たち” 「蛇の道」コメント&キャラクター映像公開

    2024年6月8日 11:00

今週